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刀剣徳川 Tokugawa Art
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O65905(W8086)
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脇指 銘 薩陽士元平 天明二年八月日
新々刀 江戸時代後期(天明二年/1782)薩摩
刃長 51.9cm 反り 0.8cm 元幅 30.2mm 先幅 22.3mm 元厚 7.3mm
特別保存刀剣鑑定書
剣形:鎬造り、庵棟。壱尺七寸壱分と寸が延び、重ね厚めに身幅広くどっぷりとした手持ち(587㌘/はばき除く)。元先の身幅差がさまに開かずに中鋒のびる、所謂『元平姿』と称される頗る豪壮な姿。(
刀身全体写真
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鍛肌:地鉄、小板目詰んだ強靭な鍛えに、刃縁からの沸がさかんにこぼれて地錵が平地一面を厚く覆う、薩摩新々刀独特の地鉄。
刃文:刃沸まことに厚くつき、刃中匂深くついた湾れ刃は小互の目を交え、元先にかけてしだいに広く、箱刃を交えて沸がさらに深くなり、とりわけ物打ち付近は沸・匂いが華咲く大乱れとなる。刃縁にはやや粗目の沸が厚く絡んで、刃縁の錵はますます華やかに明るい光彩を放ち頗る明るく冴える。
帽子:横手下で大互の目を焼き焼刃高く、乱れ込んで大丸に返る。
中心:薄肉舟底形に先細り茎尻を剣形に結ぶ。大筋違の鑢目、目釘孔壱個。履表には『薩陽士元平』の長銘、裏には『天明二年八月日』の年紀がある。
『元平』は同郷の『正幸』とともに、『主水正正清』や『一平安代』等が島津家の庇護のもとに相州伝法を熟成させたのち、志津伝をさらに昇華させて新々刀期の薩摩を代表する優工と賞揚された。
同工は『奥孝左衛門』と称し、延享元年(1744)に奥家の四代、元直の嫡子として生まれた。安永六年(1777)に家督を継いで、天明五年(1785)に薩摩藩工となり島津家に仕えた。
安永・天明頃の初期作にはは『薩陽士元平』、『薩藩臣元平』などと銘を刻し、寛政元年(1789)十二月一日、『正幸』が伯耆守を任官する同日に『大和守』を受領して『平』姓および有力氏族の称号『朝臣』を下賜された。以降はおもに『奥大和守平朝臣元平』と鏨をはこび相州伝の名作を遺した優工である。
『元平姿』と称されている同工の剣形は、身幅の広い慶長新刀姿を踏襲しながらも鎬幅を狭く平肉を減じる体躯が特徴。刀は物打ち付近から切先の身幅をやや減じて反りをやや深くするのに対して、脇指は元先の幅差さまに開かず切先延びる雄壮たる姿の作品を遺している。
刀はほとんどを太刀銘で刻しており、脇指・短刀は佩表に銘を切る。茎は舟底風の茎尻を剣形とし、大和守受領後は茎尻底には偽造防止策として隠鏨を刻した。大和守受領以降の多くは裏年紀に年、月日を刻さずに、「支」のみをきり、季節も殆どが「春」と「秋」のみが多くなるようである。
文政九年七月十三日(1826)歿、行年八十三の長寿であった。
本作は元平三十八歳の作。身幅広くどっぷりとした豪壮な体躯は薩摩新々刀の典型である。錵匂ともに殊の外深く、特に物打ちから切先にかけての錵の華はとりわけ明るい閃光を放ち、錵が地に溢れて地錵の華を咲かせる様相は同工の特徴を明示し、姿・地刃ともに頗る健全に躍動感漲る屈指の出来映え。茎の錆味良好に鑢目・隠鏨は頗る鮮明。表裏に刻された銘文の鏨枕が明瞭な完存の優品である。
金着二重はばき、白鞘入
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