O105929(W2894)

刺刀 銘 但馬守法城寺橘貞国

新刀 江戸時代前期(万治頃/1658~)武州
刃長 34.9cm 反り 0.2cm 元幅 29.8mm 元重ね 6.7mm

保存刀剣鑑定書

 

剣形:刺刀造り、庵棟。棟側を卸してふくら枯れた刺突を念頭にする特異な剣形。(刀身拡大写真
鍛肌:小板目肌よく詰み、刃寄り流れる。地沸微塵について明るい地景細やかによく入り、鉄色冴える。
刃紋:広直刃ほつれ小互の目を連ねて砂流しかかる。沸が刃縁に厚く積もり明るい閃光を放ち、刃中は沸・匂で満ちて太い沸足が刃先に放射して頗る明るい。
帽子:直ぐに掃きかけて焼詰め。
茎:生ぶ。目釘孔一個。勝手下がりの鑢目、棟方平で此所にも勝手下がりの鑢目がある。佩表の棟寄りには『但馬守法城寺橘貞国』の長銘がある。

 『法城寺貞国』は本国但馬、相州貞宗三哲のひとり『法城寺国光』の末裔。法城寺派の代表鍛冶『正弘』の弟にあたり、『正照』等門人達を伴い江戸に出府して『江戸法城寺一派』を樹立した。一族皆『橘』姓を冠している。同家は幕府の鍛冶業務を許されて権勢を誇った。同派の作風は、互の目を連ね、足入り、匂口ほつれて、沸よくつき砂流しかかるなど長曽根一門に迫る万治・寛文頃の良工である。
 表題の刺刀さすがは鎬造りの刀を『薩摩上げ』様式に仕立て直したもで、刀身の棟側を削いで切先を極端に枯らして鋭くした刺刀さすが様式は菖蒲造りとなり、帽子の焼刃は焼詰めへと転化している。沸強くついた小互の目を数珠状に連ねて沸足しきりとかかり、刃縁には太い沸筋がかかり、処々ほつれて頗る明るい閃光を放つ。
銀地一重はばき、白鞘入
 『薩摩上げ』の用語については諸説あるようで、福永酔剣氏『日本刀大百科事典』では、『さつまあげ』の項で、刀を磨り上げるさい、切先の方を切り取る方法。日本列島を刀に例えれば、薩摩(現在の鹿児島県)が切先に当たるからであると論じている
 また、若原利彦氏、『試論「さつまあげ」について』では、琉球の郷土料理、『チキャーギ』(魚肉摺り身の油揚げ)が統治する薩摩に伝わり『ツケアゲ』となり、さらには本土に伝わり『薩摩揚げ』となったという。関西方面では、揚げもの具材として『太刀魚』を利用することがあったので所謂、『太刀』の『摺り身』→『磨り身』、『揚げもの』→『上げもの』に掛けた隠語とする試論を紹介している。

参考文献:
若原利彦、試論『さつまあげ』について、刀剣美術743号、平成三十年一二月
福永酔拳、『日本刀大百科事典』雄山閣、平成五年十一月