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刀剣徳川 Tokugawa Art
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T231628(W3196)
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脇指 銘 近江大掾藤原忠広
新刀 江戸時代前期 (正保 1644-47年頃) 肥前
刃長56.2cm 反り1.0cm 元幅31.0mm 先幅23.5mm 元厚6.8mm
特別保存刀剣鑑定書
藤代松雄正真鑑定書
剣形:鎬造り、庵棟。刃区深く身幅広く重ねやや厚め。やや浅めの中間反りがついて元先の幅差がさまで開かず、物打ちあたりの身幅も張って中峰のびごころ。(
刀身拡大写真
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鍛肌:小杢目肌が精緻によく詰み、地沸微塵に厚くついて明るい地景細やかによく入り、鉄色冴える。
刃紋:区で焼き落とし、広直刃僅かに湾れ、刃縁の沸は帯状に厚く積もり明るい閃光を放つ。刃中は匂充満し、物打ちの刃沸はより強く厚くついて、匂いさらに深く刃先に放射して頗る明るい。
帽子:焼高く、直ぐに掃きかけて中丸となりやや深く焼き下げる。
茎:生ぶ、茎尻は剣形。鑢目は僅かに勝手上がり。棟肉平で浅い勝手上がりの鑢目がある。目釘孔二個(内壱金埋)。佩表の棟寄りには『近江大掾藤原忠広』の長銘がある。
近江大掾忠広は初代忠吉の子。はじめ橋本平作郎のち新左衛門を襲名。寛永九年(1632)父忠吉没後、忠広を襲名してから終世『忠広』を名乗り、『忠吉』を名乗っていない。寛永十八年(1641)七月二十二日近江大掾を受領。藩より屋敷と切米二十石を拝領。元禄六年(1693)五月二十七日没、享年八十であった。
寛永七年から元禄初めまでの作品が残り、52年の長きに渡って幾多の名品を世に送り続けた。 鎌倉時代の山城国、来国光を念頭に『小糠肌』と称賛を浴びる小板目肌に微塵の地錵を涌きだたせる肥前肌と帯状の匂口に明るい小錵を交えた直刃を完成の域に至らしめた巧手であった。刀は太刀銘に、脇差および短刀は佩表の刀銘に切るのが通常であるが、二尺を超える刀にも脇差として作ったものは、刀銘に切ることもある。「肥前國住藤原忠廣」「近江大掾藤原忠廣」「肥前國住近江大掾藤原忠廣」「肥前國忠廣」「忠廣」などの銘を見る。
この長脇指は刃長一尺八寸五分五厘(56.2cm)と寸が延び、はばき含めて613㌘と手持ち重厚に、身幅広く平肉豊かな体躯は頗る健全に保たれている。精美な小杢目鍛の地鉄には新雪の如く小沸が刃縁に厚く積もり明るい閃光を放ち、小足が無数に入って刃中には春霞のごとく深く厚い沸匂充満している。入念たる長銘が刻された茎の鑢目鮮明に、錆色良好。熟練の技が遺憾なく発揮された優品である。
金着二重はばき、白鞘入り
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