A75782(W3191)

寸延短刀 銘 尾張国勝重 附)桜樹皮変塗鞘合口拵

新々刀 江戸時代最末期(慶應頃/1865~) 尾張
刃長 30.3cm 反りわずか 元幅 29.8mm 元厚 8.0mm

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附)桜樹皮変塗鞘合口拵


 

剣形:鵜ノ首造り、庵棟。寸延びて、身幅広く重ね厚くつく。元先の幅差さまでつかずに先重ねも厚くるいた豪壮な体躯。鎬筋高く、鎬地に比して平地広い造り込み。はばきを含む刀身重量は356㌘あり、手持ち重厚。(刀身拡大写真
鍛肌:板目肌よく詰んで総体柾がかり、鉄色やや黒づんで地錵がつく強靭な鍛肌。
刃紋:元を焼き落とし沸出来の湾れに互の目・尖り刃を交えて、跳び焼き、湯走りかかる大乱れ刃。刃縁には粗めの沸が凝り、沸厚くついてここに稲妻や金線かかり、砂流し頻りと流れて刃縁明るく冴える。刃中は匂い深く充満して処々に葉が浮かび、互の目の沸足が明るい閃光を放ち刃先に向かって放射している。
帽子:乱れ込んで火炎風に強く掃きかけて返り深く焼き下げる。
中心:生ぶ。茎は刃側を舟底風におろして刃上がり栗尻に結ぶ。鑢目は大筋違に化粧鑢、棟小肉つきここにも大筋違の鑢目がある。茎孔壱個。佩表の上方棟よりに大振りの駐鎚地『尾張国』、目釘孔下方の平地には勝重』の二字銘が刻されている。

 新刀期、寛文頃(1661-)の勝重は伊勢桑名に住した千子派の刀工。業物として知られ、のちに名古屋関鍛冶町(現、中区丸の内丁目)に移住して三河守を任官した尾張刀工である。
 幕末頃の同派『勝重』は名を片山彦一郎と云い、『尾張国知多郡人片山勝重』などと銘をきる作刀があることから尾州知多郡にても駐鎚したことがわかる。
 元治元年、二年および慶應年間を通じての年紀作がある。いずれの作刀も尊王攘夷の思潮を反映し、勤王志士らが挙って需めた豪壮華麗な造り込みが特徴。『勝を重ねる』縁起の良さから尚武の武士に重用された。
 本作は打刀の添え差しとしての需打ちで、刃抜けの良さを念頭においた鵜ノ首造りの造り込み。往年の生ぶ拵が附帯しており、内外ともに勤王志士の気風を今に伝える優品である。

附)桜樹皮変塗鞘合口拵拵全体写真 拵全体写真 裏刀装具拡大写真
  • 縁頭・鯉口・栗形・返角・鐺:水牛角、黒漆塗
  • 飾目釘:菊花図、銀地容彫
  • 割笄:波に貝尽くし図、山銅地、石目地、高彫、色絵、
  • 小柄:薬玉に伊勢海老図、山銅地、魚子地、高彫、色絵銘:政常、小刀:銘 精壮斉宗有
  • 柄:生成細糸平巻
山銅地渡金はばき、白鞘付属
参考文献:
岩田與『尾張刀工譜』名古屋市教育委員会、昭和五十九年