Y1301(S1525)

刀 銘 越後守包貞

新刀 江戸時代前期 (寛文頃/1664~) 摂津

刃長 66.7cm 反り 1.3cm 元幅 30.7mm 先幅 20.0mm 元重 7.6mm

特別保存刀剣鑑定書


剣形:鎬造り、庵の棟高く、鎬筋高く棟に向かい肉を削いだ造り込み。元身幅広く、反り浅くつき元先の幅差がついて中鋒んみ結ぶ所謂、寛文期に流布した体躯。(刀身拡大写真
鍛肌:板目肌が総じて肌立つ鍛えに地沸が微塵につき地景はいる。鎬地は柾目肌。
刃文:沸出来の焼刃は、元を長く焼きだして互の目を焼き、焼刃の高い丁子を連ねて鎬筋まで及ぶところがあり、処々跳び焼きを交えてすこぶる賑やかな大乱れ。乱れの谷には沸が厚く凝り、此所に砂流し、金筋頻りとかかり明るく冴える。
帽子:横手下で鎮まり直ぐに中丸となる。
茎:生ぶ、目釘孔一個。浅い栗尻。大筋違いの鑢目。棟方小肉つき、ここにも大筋違いの鑢目。履表鎬筋上には大振りの鏨で『越後守包貞』の五字銘が刻されている。
 初代『越後守包貞』、名は山田平太夫という。本国は大和で手掻包貞の後裔にあたる。大阪に出て、陸奥守包保(かねやす)門下で同郷の『伊賀守包道』に学んだ。常磐町に鞴を構え寛文四年に『越後守』を受領した。養子の二代『越後守包貞』は延宝七年に『坂倉言之進照包』と改名し、初代の実子が三代目『越後守包貞』を襲名した。
 同工は、はじめ『摂州住藤原包貞』を銘を切り、慶安三・四、承応三、万治元年の年紀作がある。受領後は『摂州大阪住越後守包貞』、『越後守包貞』などと銘を切る。
 手持ち重厚な表題の刀は、大阪焼き出しにはじまる焼刃の高い重花丁子を配した覇気に富んだ大乱刃。刃境は金筋・砂流しさかんに掛かって目映く輝き、刃中は沸足が射す。元身幅広く、庵棟高く、鎬筋高く、重ね厚くついた堅強な体躯は大和伝の特徴が顕著。手持ち良い茎には力強い鏨で銘が刻されて、大和手掻派の初代『越後守包貞』の個性と大阪新刀の魅力が遺憾なく発揮された優刀。
 表物打ち刃中には板目流れに呼応した緩い肌目が顕れています。古研ぎの為、棟には僅かに黒みがかった錆があります。

時代金着せ庄内はばき、本間薫山鞘書白鞘 『越後守包貞 初代 刃長二尺二寸 昭和丙寅年長月於久我山工房 薫山誌(花押)』

参考文献:石井昌国・本間薫山『日本刀銘鑑』雄山閣、昭和五十年