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刀剣徳川 Tokugawa Art
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Y3859(2055)
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刀 無銘 精壮斉宗有
新々刀 江戸時代末期 (安政六年頃/1859~) 陸奥
刃長 71.5cm 反り 1.6cm 元幅 34.9mm 元厚 7.9mm
保存刀剣鑑定書
剣形:平造り、庵棟。寸延びて、身幅広く重ね厚くついてやや深めの反りがつく。元先の幅差はさまに開かずふくら豊かに張る豪壮な姿。(
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)
彫物:表は玉追い龍、裏には護摩箸に不動明王の梵字の彫物がある。
鍛肌:小板目がよく詰んで地沸淡くついて映りたつ潤いのある地鉄。
刃紋:小沸本位の刃文はやや小ずんだ互の目に小丁子、足長丁子に尖り刃を交えて様々に変化sh、匂い口柔らかい。足長く入り匂口明るい。
中心:生ぶ、無銘。鑢目は筋違いに化粧。浅い栗尻に結ぶ。目釘孔一個。
帽子:互の目を焼いて鎮まり直ぐ調子に小丸に突き上げてやや長く返る。
『宗有』は初銘『宗久』と名乗り、陸奥八戸の生まれで名を鈴木 次郎という。同郷門弟の『精光齋宗重』とともに奥州南部八戸の藩工を務めた。嘉永末年から安政初年頃に江戸に出て『固山宗次』に師事して備前伝を習得。師の宗次より『精荘齋宗有』の刀工名を賜る。文久年間になると青山に鍛冶場を設けて独立し、郷里の『精光齋宗重』の協力を得て多くの需要に応えたという。
安政六年から慶應三年までの年紀作があり、茎鑢は初め師に倣って筋違いに化粧であったが、慶応頃に切鑢仕立に変更している。『宗有』の作刀は文久年間、千住、伝馬町に於いて数多くの試し斬りが行われ「山田源蔵」等による斬り手の裁断切付銘がある。
この刀は八戸藩士からの特別な需によるものであろうか
(注)
。段平造りの希有な剣形は寸のびて重ね厚くつき、地鉄は密に詰んだ小板目に練り上げて地底には柾目状の地景を潜らせている。さらには意匠濃厚な玉追い龍の彫物に護摩箸・梵字の彫物は高い作刀技量を明示している。
正海波文銀地二重はばき、
時代古鞘入
参考文献:
富岡 昭 『八戸藩鍛冶・精荘齋宗有 作刀と系譜』刀剣美術505号 平成11年2月10日
石井 昌国 本間 薫山 『日本刀銘鑑』 雄山閣 昭和50年
(注)平造り名寸の段平脇指 銘 『応鈴木重威需 精壮齋宗有作之 於奥石川 安政六年二月日』は、表に不動明王に梵字、裏には素剣に爪の彫物がある。
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