K55117(S2852)

刀 銘 備州長船祐光 寛正二年八月日 附)金青貝散茶漆枩皮塗鞘打刀拵

古刀 室町時代前期(寛正二年/1461) 備前
刃長 61.4cm 反り 2.2cm 元幅 28.8mm 先幅 18.5mm 元厚 7.9mm

特別保存刀剣鑑定書

附)金青貝散茶漆枩皮塗鞘打刀拵

剣形:鎬造り、庵棟。重ねが厚くつき、元身幅広く元先の幅差目立たずに深い腰反りがついて中峰伸びごころ。表裏に樋先の上がった幅広で片チリの棒樋を茎に掻き通す。(刀身拡大写真
地鉄:板目肌を主調に杢目を交じえて地沸がついて地景入り、暗帯部を挟んで乱れ映りが鮮明に立つ。
刃文:匂出来の幅広の焼刃は、のたれに腰開きの互の目・複式互の目に丁子を交え、処々に飛び焼きを配して賑やかに明るく冴える。刃中は匂いが満ちて葉が浮かび、繊細な砂流しが頻りと流れ、互の目の足は鋭く放射して丁子の逆足は角度に変化があり優美。
帽子:乱れ込んで掃きかけごころ。
茎:僅かに磨りあげ区おくり。茎にも反りがつく。勝手下がりの鑢目、棟小肉つく。目釘孔壱個。茎の平地には大振りの銘『備州長船祐光』、裏には製作年紀『寛正二年八月日』がある。
 表題の作者『六郎左衛門尉祐光』は、東京国立博物館蔵の短刀『備前国住長船祐光次男左京進宗光作 文明九年二月_日』の作例により、『右京亮勝光』と『左京進宗光』兄弟の実父であることが明らかとなった。室町末期の備前刀剣王国の再興の礎となった歴史的に重要な長船正系の刀鍛冶である。
 『六郎左衛門尉祐光』は永享から文明頃にかけて活躍した『永享備前』と称され、応永備前から末備前の間に活躍しており、同時期の『五郎左衛門則光』とともに双璧をなした。祐光および則光の作風および銘字は類似していることから、両工は有縁の刀工とおもわれる。
 佩刀のうえからも太刀から打刀への過渡期であったことが伺え、太刀と刀のいずれも製作している。作風は互の目に丁子をまじえたものが多く、末備前に属する勝光・祐定より古調味があり、地鉄の美しさ・刃文の優雅さでは応永備前に近いものがある。祐光と則光の両工が長船鍛冶の伝統を守った刀工の中興の祖として高く評価され、後の戦国時代における長船鍛冶は空前の発展を遂げることになる。
 寛正二年紀のこの打刀は、僅かに茎尻を摘まんで擦り上げているものの、茎の長さがいかにも短く、所謂片手打ちとして用いられてのであろう。地鉄の鍛えが頗るよく、板目に杢を交え乱れ映りが鮮明にたち、刃文は互の目に丁子を交えて匂口が締まりごころに冴えて同工の典型といえるもので、くわえて保存がよい。総体に健全で覇気が感じられる備前物の魅力を遺憾なく発揮した優品である。

附)金青貝散茶漆枩皮塗鞘打刀拵(拵全体写真刀装具拡大写真
  • 総金具(兜金・猿手・縁・責金物・鐺)菊花唐草図、赤銅魚子地、高彫、金色絵、無銘
  • 目貫:伊勢海老図、金地容彫
  • 鐔:桐唐草図、霞形、小透、赤銅魚子地、高彫、金色絵、丸耳、両櫃孔、無銘
  • 柄:白鮫着、薄茶色常組糸諸撮菱巻

金着二重はばき、白鞘付属
参考文献:
『長船町史 刀剣編図録』 長船町 平成十年
本間薫山・石井昌國 『日本刀銘鑑』 雄山閣 昭和五十年