T31085(S5216) 刀 銘 横山加賀介藤原祐永
菊紋 一 備前長船住 天保十二二年二月日
附)黒蝋色塗鞘葵唐草図打刀拵
特別保存刀剣
新々刀 江戸時代後期(天保十四年/1843) 備前
刃長68.6cm 反り2.2cm 元幅29.7mm 元厚6.8mm 先幅18.2mm
剣形:鎬造り、庵棟、身幅、重ねとも頃合につき、腰反り深く付いて茎にも反りがある。上部の物打ち付近は伏せごころの太刀姿をしている。(刀身拡大写真
鍛肌:小杢目肌よく詰んで地沸つき、精緻な地景がつく。
刃紋:元を直調に焼きだし、匂い本位の重花丁子乱に菊花丁子を交えて広狭変化がつき賑やか。刃中の丁子足は角度に変化がついて刃先に向かって長く射し込んで美しい。
中心:茎生ぶ、茎孔壱個、勝手下がりの鑢目。刃上がり栗尻。佩表鎬地にやや小振りの太鏨で『横山加賀介藤原祐永』の長銘がある。裏には菊紋と一文字を切り、駐鎚地『備前長船住』、さらには制作年紀『天保十四年二月日』がある。
帽子:横手下で鎮まり、直に中丸となり返りはやや深く留る。

 横山祐永は『祐平』の次男、名を横山覚之助という。兄の『祐盛』が後七兵衛祐定の養子となったため、父『祐平』を継いで備前藩工を勤めた。
天保四年(1833)に加賀介を受領、朝廷より十六葉の菊紋と一文字を鎺下に切り付けることを許され、さらに備前一文字の正統なる後継者であることを自称する『友成五十六代孫』と銘を切るものがある。嘉永四年六月二日没(1851)行年五十七歳。
 表題の刀は天保十四年(1843)、『祐永』四十五歳の作刀で、銘文は姉婿の『祐包』(注)が鏨を運んでいる。腰反り強くついた鎌倉時代の太刀姿をしており、地金は小杢目が密に詰んだ精緻な鍛肌をして美しい。刃文は匂い本位の艶やかな丁子乱れは百花繚乱に咲き乱れる。
 古作一文字の太刀に範を採った本作は備前池田宗家もしくは家老の需であろう。三十万石を有する備前藩工を勤めた祐永・祐包両工合作の白眉である。

附)黒蝋色塗鞘打刀拵拵全体写真/刀装具拡写真
  • 縁頭:葵唐草図、赤銅地、高彫、金銀素銅色絵、銘 江戸住 奈良作
  • 目貫:葵唐草図、赤銅地、容彫、金色絵
  • 笄:葵唐草図、鉄磨地、真鍮象嵌、無銘
  • 鐔:梅花透図、竪丸形、鉄地透、肉彫、無銘
  • 柄:白鮫着、納戸色常組糸諸撮菱巻
金着一重はばき、白鞘付属
注)『祐包』の作刀には『祐永』同様に茎に『友成五十八代孫』と刻したものがある。備前藩工を勤めた横山祐平、祐永、祐包の三工は『長船三羽烏』と称されてその技倆と功績を賞揚された。
 
刀 銘 横山加賀介藤原祐永
刀 銘 横山加賀介藤原祐永
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