| T233709(T5945) 短刀 銘 備前国住長船祐定 承応三年二月日 附)朱石目地塗海老鞘短刀拵 |
正真鑑定書・保存刀装具 |
| 新刀 江戸時代前期 (承応三年/1654) 備前 刃長 19.8cm 筍反り 元幅 23.5mm 元重 9.3mm |
|
| 剣形:平造り、庵棟、筍反り短刀。重ね尋常で頗る重ねが厚く先の重ねも厚くついてフクラ張る。茎の造り込み大振りで頑強、所詮鎧通しの造り込みをしている。(刀身拡大写真) 鍛肌:板目肌流れて総体に大肌ごころに肌目たち、地沸絡んで太い地景がある。 刃紋:元には僅かに焼きだしがあり、小沸出来の湾れに小互の目・尖りごころの刃・丁子刃を交えて互の目の足入り砂流しかかる。 帽子:焼刃の沸強く付き、湾れて先掃きかけごころに中丸となり、返りが深い。 茎:生ぶ、無反り。刃長に比して茎長が長く頑強な造り込み。目釘孔壱個。鑢目は切。棟肉平、ここには大筋違の鑢目がある。茎尻は刃上がりの栗尻張る。佩表棟寄りに大振りの銘『備前国住長船祐定』の銘、裏には一字分下がり『承応三年二月日』の年紀がある。 天正十九年八月の大洪水による吉井川氾濫により、多くの長船鍛冶場は消失して壊滅的な被害を受けている。新刀期の備前の刀工は永正頃の名工と唱われた与三左衛門尉祐定から数えて四代目にあたる横山藤四郎祐定を中興の祖とし、その子四人がそれぞれ祐定を名乗り独立一家を興している。なかでも七兵衛尉家、源左衛門尉家、宗左衛門尉家は江戸時代を通じて大いに繁盛している。 表題の短刀は横山藤四郎祐定の四男である横山宗左衛門祐定の作である。制作年紀は承応三、明暦三、寛文三のものが確認されている。子に河内守祐定がおり、この系統には伊勢守祐平、加賀介祐永など幕末備前の新々刀鍛冶名工を輩出している。 表題の短刀は数少ない作品の一口で、承応三年(1654)年紀も貴重である。板目に地鉄を鍛えて刃文は僅かに焼きだしを見せた湾れに小互の目を交えるなど新刀期の祐定鍛冶の特徴が看取でき好資料で、上質で洒落た伊勢海老図合口拵が附されている。 朱石目地塗海老鞘短刀拵 : (拵全体写真・拵各部拡大写真)
金着はばき、白鞘付属 参考文献: 加島 進 『長船町史・刀剣編図録』大塚巧藝社 平成十年 |
|
![]() ![]() |
|