K29306(S2576) 刀 無銘 金重 | 第四十八回重要刀剣 |
古刀 南北朝時代初期(約650年前) 美濃 刃長70.1cm 反り1.7cm 元幅30.5mm 先幅20.6mm 元重7.0mm |
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剣形:鎬造り、庵棟、身幅広く、反りやや深くつき、中峰延びごころとなる。表裏に棒樋、表は掻き流し、裏は掻き通す。(刀身拡大写真) 鍛肌:板目肌錬れて、流れ肌交じり、地錵よくつき、地景入り、地斑調の肌合いを交え、錵映り立ち、かね冴える。 刃紋:腰元を直ぐ調に、その上は丸い互の目を連ねて焼き、小湾れ交じり、匂い深く、錵よくつき、匂い口明るく冴える。 帽子:浅く湾れて丸く僅かに返り、先掃きかける。 中心:大磨上、先浅い刃上がり栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔四、無銘。 美濃国、関に刀鍛冶が発祥したのは鎌倉時代の元重を始祖といわれる。伝えによれば、寛喜元年(1229)伯耆国檜原より元重なる刀匠が関に来たのが発端とされている。しかしながら元重には現存する作品が確認されていない。 元重を始祖とする関鍛冶が飛躍的に発展したのは、次世代の 本間順治博士は「南北朝時代の金重には二代あると思われる。初代は同時代の前期、二代は後期とみる。したがって正宗との関係は初代に認められる。」注1と述べている。また『校正古刀銘鑑』は初代を元応(1320)頃、二代については貞治二年紀(1363)の作例を載せている。金重の弟、もしくは子に 金重の作風は志津一派に比して、地鉄がやや肌立つものが見受けられ、刃文は尖り互の目よりも頭の丸い互の目の連なる出来のものが多く、小沸がつき、総体に志津一派よりも穏やかな感のものである。 この刀は板目の錬れた鍛えに、流れ肌が交じり、地錵がよくつき、地景が入り、地斑調の肌合いを交えて地映りが立ち、刃文はよく錵づいて、頭の丸い互の目を連ねて焼き、小のたれが交じり、乱れの調子が概ね規則的であるなど、いかにも金重と鑑せられるものである。刃味の良さが特筆される一口で、地刃ともに明るく冴えており、優れた出来映えを見せている。 金着二重はばき、白鞘入(田野辺道宏氏鞘書) 注1)本間順治校閲、石井正国編著『日本刀銘鑑』雄山閣出版より抜粋 |
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