G6309(W8572) 脇指 無銘 石州直綱 附)朱潤塗螺旋刻鞘脇指拵 特別保存刀剣
古刀 南北朝時代(貞和頃/約660年前) 石見
刃長45.4cm 反り0.5cm 元幅28.6mm 先幅25.2mm 元厚7.2mm
剣形:薙刀直し脇指。鎬筋高く、庵の棟に向って肉を削ぐ。元の身幅広めに平地広く、平肉付かず反りが浅い。先幅落ちず大切先に結ぶ(切先長:105mm)。(刀身全体写真
鍛肌:板目肌に杢目肌を交えて刃寄りは柾状の流れる鍛肌。平地に地錵厚くつき、太い地景が絡んで肌目が立つ。
刃文:浅く湾れて大互の目乱れが連なり、尖りごころの刃を処々交える。刃縁には粗めの沸が絡んで刃中は匂い深く、互の目の足は大小乱れて砂流し、金線が頻りと流れて刃中明るく冴えて錵の豊かな働きがある。
中心:大磨上げ無銘。目釘孔壱個。鑢目は切、茎尻は浅い栗尻。
帽子:乱れ込んで強く掃きかけて焼詰める。
 直綱は同名数工が存在し、石見国(現在の島根県邑智郡邑南町出羽(おおちぐんおおなちょういずは))、出羽鉄の産出する地に住したとされ、茎に出羽と添えたものがある。古来初代は左衛門尉盛綱の子と伝えられ、五郎正宗門、所謂『正宗十哲』(注)の一人に数えられる。日本刀銘鑑によると初代を貞和(1345-49)、二代を永和(1375-78)、三代を応永(1394-1427)、四代を文明頃(1469-86)としている。二代の作と鑑する太刀二口と短刀一口が重要美術品に指定されている。古来本阿弥家では相伝備前長義の作風を示す長巻直しの作品を直綱と鑑定する極札を出している。
 本作は定石どおりに直綱と極められた長巻き直し脇指。戦国時代に活躍したものと推測されるが、大磨上げながらいたって健全な体躯をしており、名刀として温存伝承された一口である。身幅たっぷりと先幅落ちず反り浅く、平地広く、平肉の少ない大切先に結ぶ所謂、南北朝期に流布した相州伝法を示す姿をしている。板目鍛えの地鉄は杢目肌を交えて流れ、鉄色は黒く澄んで微細な地沸が厚くついて沸を分断するように地景が絡んで肌目がたつ。刃文は沸本位の湾れ乱れに頭の揃った大互の目に尖りごころの刃を交えて焼いている。刃縁には荒沸が絡んで、匂いを伴って明るい刃中には互の目の沸足が長短乱れて刃先に向かい入り、砂流しや金筋が顕著に顕れるなど相伝備前の長義や美濃国の直江志津に近い作風を示している。帽子は乱れ込んで掃きかけ、焼詰めごころとなる。焼頭が複雑に乱れる部分を交えて通常見る作風に比してより変化に富んでいる点は特筆すべきで出色の作である。上研ぎ。
 附帯の朱潤塗螺旋刻鞘脇指拵(全体写真詳細写真)は江戸時代の製作で保存状態が良い。白鮫着卯の花色蛇腹細糸菱巻柄、縁頭は山銅地に金色絵赤銅据文象嵌・流水松に猪図 銘:政隋(縁の赤銅据文象嵌部分は欠損)、目貫は山銅容彫蜂図、小柄は山銅地高彫金色絵竹に雀図、鐔は鉄地木瓜形波に菱網代図 銘:尾州住則亮作で構成されている。拵には時代金着はばき、白鞘には金着せ二重はばきが附されている。
(注)正宗十哲 : 越中則重、江義弘、美濃金重、志津三郎兼氏、長谷部国重、来国次、備前兼光、長義、石州直綱、左文字