A38738(W2766) 脇指 銘 豊州高田住藤原統行(むねゆき) 保存刀剣
江戸時代前期(明暦頃・約350年前) 豊後
刃長48.3cm 反り1.0cm 元幅30.6mm 先幅21.8mm 元重6.9mm
剣形:鎬造り、庵棟。重ね充分に元の身幅広く、物打の身幅も張り中鋒延びる。強固な姿をしており、ずっしりと手持ちのある脇指である。(刀身詳細写真
鍛肌:地鉄鍛えは鎬地を細かな柾に、平地は板目肌がよく錬れて肌目がたち、杢目を交えて鉄色黒く冴えて表面に白く輝く地錵がつく。
刃紋:焼刃高く、匂い口締る広直刃を基調として、浅く湾れてほつれる刃や小乱れを交える。腰元の刃境には金線・砂流しかかる。
帽子:直ぐ調に先掃きかけて中丸に返る。
中心:生ぶ。鑢目は切り。茎尻は刃上がり栗尻。目釘孔壱個。佩表鎬地に長銘で『豊州高田住藤原統行』の銘がある。
南北朝時代豊後高田(現在の大分市内で大分郡高田村)を中心として栄えた一派で建武頃の筑前左文字の門人『友行』を始祖としています。戦国時代の同派は豊後国の大友宗隣の抱え工となり、また九州各地の豪族達の需めに応じて美濃国の関鍛冶や備前国の長船鍛冶に匹敵する繁盛をした。備前・相州に私淑した作品や、美濃伝風の三本杉尖り互の目、山城風の腰反り付いた姿の良い作に直刃を焼くなど広範囲な作柄があり、新刀期に入ると高田を中心として豊前小倉や豊後中津などで鞴を構えて鍛刀しています。
この脇指は『高田六家』の家長である統行の作品。同工は初代を慶長頃とし元禄頃の三代まで続いている。隣国の肥前忠吉系との技術交流を行い、本脇指のように直刃を基調とした作品を慧眼する。佩裏の刃境に僅かに朽ちて黒い斑点があるものの、上質な研ぎで好く抑えられており、身幅広く重ねの厚い豪壮な姿と生ぶの茎は元姿を留めている。入念な板目鍛の鍛錬には潤いがあり、焼刃の匂口は元先まで均一であること、勇壮たる姿や入念な茎仕立などは家長である統行の手腕を示した典型で秀作である。
時代銅はばき、白鞘入