A70202(W6604)

脇指 銘 筑州住源信国重包

新刀 江戸時代中期(享保・1716年頃) 筑前
刃長49.7cm 反り1.3cm 元幅30.1mm 元重7.1mm 先幅21.8mm
特別保存刀剣

剣形:鎬造り、庵棟。身幅広く、重ね厚く、平肉豊かにつき、反りがやや深く、先張って総体身幅広く中切先伸びる。
鍛肌:地肌小板目肌よく詰んで刃寄りと鎬地よりに柾目肌顕れ、地沸厚く付いて地景入り強い地金。
刃紋:沸本位で浅く低く湾れて小の互の目、箱刃、腰開いた互の目や跳び焼き、島を焼くなど大乱れとなり、顕著な砂流しが刃縁から平地にかけて流れ、所詮「簾刃」となる。
中心:生ぶ。鑢目は切、棟小肉付き、茎尻は入山形。孔一個。履表に大振りの八字銘がある。
帽子:表は横手上で腰のくびれた互の目をやいて浅く湾れふくらで互の目を一つ、先は掃きかけて返り、深く硬く留まる。裏は横手下で大互の目をやいてふくらで大互の目さらに先は掃きかけて返りは深く留まる。
筑前信国一門は慶長七年に黒田長政が豊前より筑前に移封された折、信国十二代と伝える吉貞を筑前に引き連れたのを初代として知られる。本作は信国重包の作で、信国十五代に相当し、吉包の子。重包は将軍吉宗の命により享保六年に江戸芝浜御殿で造刀し、薩摩の正清、安代等と共に最優秀の栄誉を賜り、はばき元に一葉葵を彫ることを許され帰郷後「正包」と銘を改めた。筑前信国一門の作刀の中でも重包は珍しく、また稀に慧眼する作刀は本作のごとく「筑前住源信国重包」などと銘のあるものが多い。享保十三年十二月十日没、行年五十六歳。
元先の身幅が詰まり、中切先が伸びて平肉が豊かにつく。どっしりとした重量は頗る印象的で、地金は板目よく詰んで、地沸厚く付き、地景が絡んで地より沸きたつ様は誠に美景。大小互の目に腰くびれた丁子刃などを交えた変化ある乱れ刃は相州伝の焼き入れで、処々に湯走り、跳び焼き、島を焼いて総体大乱れとなる。刃中は沸の働き、砂流し、金線かかり、一部は簾刃状態になるなど沸の豊富な相州伝の造り込みは誠に壮観。帽子の焼刃は同時代の他国の作柄にはあまり見られない様で大きく乱れこんでおり、茎の状態も良く、健全堂々たる脇指で、典型である銘振りも好ましい。
金着一重はばき、白鞘付属。