K5867(H38428)

大小一腰 大 銘 和泉守来金道 小 銘 菊紋 和泉守来金道 附)潤朱七五三笛巻鞘大小拵

新刀 江戸時代前期(延宝頃/1673~)山城

大:刃長67.0cm 反り1.2cm 元幅30.4mm 先幅19.4mm 元重7.2mm大刀・刀身拡大図
小:刃長45.1cm 反り1.0cm 元幅28.5mm 先幅18.4mm 元重6.8mm脇指・刀身拡大図

附)潤朱七五三笛巻鞘大小拵

保存刀剣鑑定書・保存刀装具鑑定書


大小一腰『和泉守来金道』三代の作、刀・脇指および大小拵ともに内外完存の優品。

 刀は板目肌がやや肌たち、大杢目交えてここに地沸が厚くちりちりと絡み一面につき、太い地景が厚くつく。鎬地は柾目肌顕著に、ここにも地沸がつき、総体闊達で躍動感の溢れる鍛肌。焼刃は沸本位の湾れに下半は小互の目を交え、中頃より更に沸強く匂い深くかつ棟焼き飛び焼きかかり、所詮皆焼状態となる。刃中は匂い深く霞み、金線、砂流し絡んで頗る明るい。帽子は表裏ともに一枚風となり、返り深く棟焼きにつながり、ここに稲妻が鮮明にかかるなど総体沸の闊達な働きを見せ相州伝上位工に私淑した作柄。
 脇指は小板目肌がよく詰んだ強く冴えた密な鍛えをしており、鎬の柾目もさまで目立たない清涼な肌を呈し、刃は小沸出来で京焼きだしに始まり、互の目を主調とし、互の目の足が入り、上半は砂流しかかり、帽子は直に中丸に返るなどの山城伝を踏襲している。

附)潤朱七五三笛巻鞘大小拵
  • 大小縁頭 : 秋草地紙散図、赤銅魚子地、高彫、金銀色絵、無銘
  • 目貫 : (大)薙刀采配図(小)竜骨杖払子図、赤銅地、容彫、色絵
  • 小柄 : 老松三日月図、赤銅魚子地、高彫、金色絵、裏板金哺(程乗作 光美(花押)と銘あり)
  • 割笄 : 飛雁蛇籠図、赤銅魚子地、高彫、金色絵、無銘
  • 大小鍔 : 遊牛図、竪丸形、茶四分一沙綾紋地、鋤出高彫、据文象眼色絵、角耳小肉、両櫃孔、無銘
金着腰乗鑢はばき、白鞘付属
注)三品一門は美濃志津三郎兼氏九代孫で武田信玄の抱鍛冶であった「兼道」が文禄二年(1592)に実子四人を連れて上京したのを祖として、長男「伊賀守金道」、二男「和泉守金道」、三男「丹波守吉道」、四男「越中守正俊」の三品一門は「近江守久道」を加えて京五鍛冶と呼ばれ梅忠明寿一派や堀川国広一門と同等以上の勢力を持って栄えた。
「和泉守来金道」は山城「来派」を再興した一門で、代々『和泉守』を受領している。