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刀剣徳川 Tokugawa Art
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K24754(T8613)
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短刀 銘 兼房 附)黒漆鮫研出鞘小さ刀拵
古刀 室町時代末期 (永禄頃/1558~) 美濃
刃長 27.0cm 無反り 元幅 24.9mm 元厚 6.85mm
特別保存刀剣鑑定書
附)
黒漆鮫研出鞘小さ刀拵
剣形:平造り、庵棟。身幅尋常に寸がのび、元重ね厚くつき、先重ねしだいに薄くなり、ふくら枯れごころの刺突を念頭においた所謂、鎧通しの短刀。(
刀身拡大写真
)
鍛肌:地鉄やや青く沈み、板目肌に杢目を交じえて総体よくt詰み、刃寄り処々流れ柾がかる。地沸つき白けごころの映りがたつ。
刃文:ごく短く焼きだし、匂口締まりごころの腰開きの互の目乱れにはに腰括れの丁子、逆がかった丁子などを交えて草の『兼房乱れ』となる。刃中は匂い充ち葉浮かび、互の目・丁子の足が入り乱れの谷には小沸が厚く積もり、ここに砂流しかかる。
帽子:焼刃高く湾れて先中丸、地蔵風となり深く返り、棟焼きに繋がる。
茎:生ぶ、目釘孔壱個。栗尻張る。檜垣の鑢目、棟片小肉つき勝手下がりの鑢目がある。目釘孔下方やや棟寄りに大振りの二字銘『兼房』がある。
兼房は室町期の美濃物にあって関七流中の善定派に属して名高い。特に『兼房乱』と呼称される腰が括れた丁子刃文を創出して高名である。『日本刀銘鑑』によると、もっとも古い作例として『兼重の子、永享(1429-)頃』、『兼常門、嘉吉(1441-)頃』とある。年紀作としては文明元年紀より始まり、この作品を事実上の初代としている。
文明十二年・十四年紀の兼房を二代、『校正古刀銘鑑』に記述されている大永七年紀の石見守清左衛門兼房を三代とし、永禄頃(1558-69)を四代、永禄・天正頃(1558-91)頃を五代と分類がなされている。
同時代の兼房作品中には同工が最も得意とした『兼房乱』を焼くものが多く、ほかの関鍛冶たちも兼房に範をとったものがある。また宗家以外にも兼房を名乗る刀工は神戸(安八郡神戸町)に住したものや、犬山城下で作刀したものがある。三代石見守清左衛門兼房の三男「河村京三郎」は天文三年(1534)、岐阜にて生まれ、後『若狭守氏房』と名乗り、尾張国清洲の城主、織田信長に仕えて抱鍛冶となっている。
この短刀は兼房の室町時代末期頃の作刀で打刀の添指として用いられたのであろう。戦国時代末期の婆娑羅の機運に合致した野趣に富んだ作風は迫力がある。生ぶの茎に施された檜垣鑢目明瞭に、大きく穿かれた目釘穴下方に端整な鏨運びで『兼房』の典型銘が刻されている。
附)
黒漆鮫研出鞘小さ刀拵
(
拵全体写真
表
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拵全体写真
裏
・
刀装具各部写真
)
縁頭:秋草秋虫図、赤銅魚子地、鋤下彫、
銘
長吉
鐔:秋草図、真鍮地、鋤下彫、片櫃、無銘
目貫:秋草図、容彫、金色絵
小柄:秋草図、赤銅魚子地、高彫、裏金哺金、無銘
柄:白鮫着、紺色常組糸諸撮菱巻
金着はばき、白鞘付属
参考文献:
鈴木卓夫、杉浦良幸『室町期美濃刀工の研究』里文出版 平成18年
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