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刀剣徳川 Tokugawa Art
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O24898(S8920)
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刀 銘 横山加賀介藤原祐永 菊紋 一 備前長船住 天保十二二年二月日
新々刀 江戸時代後期(天保十四年/1843) 備前
刃長68.8cm 反り3.5cm 元幅31.4mm 元厚7.2mm 先幅20.4mm
特別保存刀剣鑑定書
剣形:鎬造り、庵棟、身幅広く重ね厚くつき、腰反り深く付いて茎にも僅かな反りがある。上部の物打ち付近はやや伏さりごころの所謂、太刀姿をしている。(
刀身拡大写真
)
鍛肌:小杢目肌よく詰んで地沸つき、精美な地景がつく。
刃紋:元を直に長く焼きだし、匂い主調の重花丁子乱に逆がかった丁子、菊花形・拳形の丁子を交えて広狭変化がつき賑やか。刃中には清涼な匂いが充満して青白く澄み、丁子足は角度に変化がついて刃先に向かって射し込み刃縁くっきりと冴え美しい。
中心:茎生ぶ、茎孔二個(一個埋)、勝手下がりの鑢目。刃上がり栗尻。佩表鎬地には鏨枕の立った鏨運びで『横山加賀介藤原祐永』の長銘、裏には十六葉の菊紋および『一文字』を切り、駐鎚地『備前長船住』、さらには制作年紀『天保十四年二月日』が刻されている。
帽子:横手で大互の目を焼いて、互の目を一つ焼き中丸となり、深く返る。
横山祐永は『祐平』の次男、名を『横山覚之助』という。兄の『祐盛』が後七兵衛祐定の養子となったため、文政十二年(1829)十二月一日に父『祐平』の家督を継いで備前藩工となる。
天保四年二月十三日(1833)に『加賀介』を任官受領、朝廷より十六葉の菊紋と一文字を切り付けることを許された。さらには備前一文字の正統なる後継者であることを称する『友成五十六代孫』と鏨を運ぶものがある。嘉永四年六月二日没(1851)行年五十七歳。
表題の刀は天保十四年(1843)、『祐永』四十五歳の作刀で、銘文は同門の『祐則』
(注)
が鏨を運んでいる。腰反りついた太刀姿をしており、地金は小杢目が密に詰んだ精緻な鍛肌をして美しい。刃文は匂い本位の艶やかな丁子乱れは百花繚乱に咲き乱れる。
本作は古作一文字の太刀に範を採った備前刀の正当継承者であり、三十万石を有する備前藩工を勤めた『祐永』壮年期の傑作である。
銀一重はばき、
白鞘入
注)『祐則』の作刀には『祐永』同様に、『友成五十六代孫』と茎に刻したものがある。備前藩工を勤めた横山祐平、祐永、祐包の三工は『長船三羽烏』と称されてその技倆と功績を賞揚された。
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