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刀剣徳川 Tokugawa Art
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O47357(S1901)
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刀 銘 粟田口一竿子忠綱 宝永元年五月日 附)黒蝋色塗鞘打刀拵
新刀 江戸時代中期(宝永元年/1704) 摂津
刃長71.0cm 反り3.2cm 元幅31.4mm 先幅21.0mm 元重6.9mm
特別保存刀剣鑑定書
附)
黒蝋色塗鞘打刀拵
特別保存刀装具鑑定書(鐔)
剣形:鎬造り、庵棟。身幅、重ねともに尋常に、元先の幅差頃合について中峰のびる。中間反りが高くついて茎にも反りがつく均整がとれた、所謂『鳥居反り』の美しい姿。(
刀身拡大写真
)
鍛肌:板目肌練れて詰み、刃寄り流れる肌合いをみせて地沸微塵についた精良な地鉄。
彫物:表は意匠濃厚な華厳瀧に火炎不動明王の彫物、さらに鎬筋を挟んだ二筋樋、裏には蓮台の彫物に同じく二筋樋がある。
刃紋:『大阪焼出し』にはじまり、広狭ある湾れに足長丁子を交える濤瀾刃。刃縁に精良な小沸厚くつき、丁子の足長く刃先に放射する。刃中には匂い深く充満して丁子足を跨いで金線・砂流し長くかかる。
帽子:横手下で鎮まり、焼刃の高い直刃は中丸にやや深く返る。
中心:茎生ぶ。鑢目は勝手下がり。刃上栗尻に結ぶ。棟方に小肉つき此所にも勝手下がりの鑢目。目釘孔壱個。佩表鎬筋上に『粟田口一竿子忠綱』、佩裏に『宝永元年五月日』の制作年紀がある。
『粟田口近江守忠綱』は名を浅井万太夫。初代の『近江守忠綱』の長子として生まれた。初銘を『忠國』を襲名して寛文二年紀(1662)、十九歳の作品がある(藤代義雄、『日本刀辞典』新刀編より)。後に二代目を継ぎ、元禄二年(1689)頃から『一竿子』を号して『粟田口一竿子忠綱』、『一竿子忠綱』などの刻銘が多く見られるようになる。
『粟田口近江守忠綱』の作風は、濤欄刃風の高低ある足長丁子乱れ、互の目乱れ、さらには直刃・浅いのたれ刃なども焼き、倶利伽羅・三鈷柄剣・鯉の滝登り・梵字や護摩箸などの意匠濃密な彫物の名手としても知られている。「綱」の(つくり)が前期は「縄」となり、元禄の中期以降は判然たる「綱」と改めた。
刃長が三尺二分に及ぶ重要文化財、『太刀 銘 粟田口一竿子忠綱彫同作・寶永六年八月吉』があり、『津田越前守助広』・『井上和泉守国貞』・『粟田口一竿子忠綱』は大阪新刀の三英傑と賞され、上位作の頂点を担う名工の一人です。
本作は元に踏ん張りがあり、中間反りが深くついて中峰に結ぶ美しい造り込み。重ねは尋常に区深く、鎬筋が凛として高く、平肉が豊かについて手持ちはどっしりと重量がある。地鉄は小板目がよくつみ、地沸微塵に厚くついて地景細やかに入るなど、如何にも大阪新刀らしい精美なもの。本三枚などの造り込みによる鍛接面に現われる、刃縁あたりを縫うが如く現われる金筋・砂流しが顕れて美観である。
附)
黒蝋色塗鞘牡丹獅子図打刀拵
(
打刀全体写真
・
刀装具写真
)
縁頭:天女図 鉄地 高彫 象嵌 金象眼銘(花押)鉄元堂
目貫:獅子図 金無垢地 容彫 後藤
鐔:枩皮菱文籠図 無銘 梅忠 (
特別保存刀装具
)
柄:白鮫着 黒色常組糸諸撮菱巻
金着はばき、白鞘付属(
佐藤寒山鞘書
)
注)天明4年(1784)3月24日、旗本・佐野善左衛門は江戸城中で、大老・田沼意次の息子である若年寄・田沼意知を「覚えがあろう」と3度叫んでから、一竿子忠綱作の大脇差で襲撃し、その8日後に意知が絶命したため佐野家は改易のうえ切腹の処分を受け自害した。しかし、世間からあまり人気のなかった田沼を斬ったということで、世人からは「世直し大明神」として崇められ、忠綱の人気は一層盛り上がった。
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