T170750(T3687)

大和古剣 無銘 附)潤塗鞘玉龍呑口懐剣拵

鎌倉時代 (約800年前) 大和
刃長20.3cm 無反り 元幅16.7mm 重ね5.2mm 総長29.7cm
合口拵総長:37cm

保存刀剣鑑定書

附)潤塗鞘玉龍呑口懐剣拵

 

剣形:両鎬造、横手のない無反りの剣。中頃の身幅をやや削いで、先幅わずかに張る古雅な姿。(刀身拡大写真
地鉄:板目に柾目交じり、地沸微塵に厚くつき沸映り立ち、地景繊細に働いて温潤な美しい地鉄。
刃文:刃区上で焼き落とし、湾れ調子で小沸まことに深く厚くつき頗る明るい。刃中は金線、ほつれ、食違、二重刃などの働きがある。

帽子:帽子は掃きかけて鎬筋で焼き詰め。
茎:生ぶ、無銘。古雅な槌目地仕立て、目釘孔二個。浅い栗尻に結ぶ。
 (つるぎ)は青銅器以来、その姿をほとんど変えることなく、真言・天台の密教が栄えた時代には尊格である不動明王に帰依する法具として尊崇され、高位の僧侶の需めにより制作された。
 平安時代末期の大和国では仏法保護の名目で強訴・政争に参加した僧侶の集団は強大な勢力となった。大和鍛冶は東大寺、興福寺らの大寺院に直属する専属鍛冶として僧侶の需めに応じたと云われている。千手院派は大和物としては最も発祥の古い流派であり、鎌倉中期以降は当麻・手掻・保昌・尻懸の各流派が加わって『大和五派』を形成して大和鍛冶全盛期を迎えるようになる。
 他国の作品に比して大和鍛冶の作刀に在銘作が少ない事由は、寺院の専属鍛冶という特殊な性格があり、武家や豪族、朝廷からの需めによる山城物や備前物とは性質が相違したからであろう。
 表題の作は千手院派らの大和鍛冶が精鍛した現存稀な古剣。先はあまり張らず、横手なく、平肉のついた体躯、および刃区には焼き落としがあることから制作年代は鎌倉時代を降りることはないであろう。
 地刃の沸づきは山城物より強く、最も沸が強いとされる相州物とも双璧で、沸の妙味を遺憾なく発揮している。本作は、典型的な大和古剣の出来口に加え、古雅な茎の錆味や槌目、および表裏より鏨で空けられた第一穿孔は八百年におよぶ悠久の歴史が偲ばれる。
 密教の祈りにより不動明王と一体になる修業を満行した高僧の姿が想起され代々温存されたことが首肯されよう。


附)潤塗鞘玉龍呑込合口拵 (装具拡大写真/金地玉龍図飾目釘)

山銅はばき、白鞘付属