G22853(S2001)

刀 銘 豊州高田住藤原実行 附)黒漆塗竹幹鞘打刀拵

新刀 江戸時代前期 (明暦頃/1655~) 豊後
刃長71.0cm 反り2.0cm 元幅30.7mm 先幅19.6mm 元厚7.6mm

特別保存刀剣鑑定書
特別貴重刀剣認定書

附)黒漆塗竹幹鞘打刀拵

剣形:鎬造り、庵棟。寸延びて、元身幅広く、元先の幅差が頃合いにつき、やや深い中間反りがついて中峰に結ぶ。重ね厚く、鎬高い重厚な造り込みで手持ちがずっしりと重量がある。(刀身全体写真
鍛肌:小板目がよく詰んで平地は地錵がよくついて地景細やかに入る強靭かつ美しい肌目。鎬地は柾目肌。
彫物:表裏の樋先の下がる棒樋の彫物ははばき上で丸留。
刃文:刃区僅かに焼き落とし、広直刃は浅く湾れて刃縁には沸が帯状に厚くついて沸足入り、物打上部は更に厚く強く沸づいて頗る明るく冴える。
帽子:表裏ともに焼刃強く広く直ぐ調に中丸となり返り硬く留まる。
中心:生ぶ。刃側を削いで舟底風となり、茎尻は刃上りの浅い入山形。勝手下がりの鑢目がある。棟肉は平でここには大筋違いの鑢目。目釘孔二個。鎬地上方には『豊州高田住藤原実行』の九字銘がある。

 高田派は南北朝時代豊後(現在の大分市内で大分郡高田村)の地を中心として栄えた建武頃の筑前左文字の門人『友行』が始祖。室町期の戦国時代になると同派は大友宗隣の抱え工となり九州各地の豪族達の需めに応じて『平』姓を名乗った。増大する需要に応じて美濃国の関鍛冶や備前国の長船鍛冶に匹敵する繁盛をした。
 備前・相州の作風に私淑した作品や、美濃伝の三本杉尖り互の目を焼き、さらには山城風の深い反りのついた姿の良い作に直刃を焼くなどなど広範囲な作柄を展開している。
 新刀期になると、多くの鍛冶は『藤原』姓を名乗るようになったようである。
 銘鑑によると、『実行』は南北朝期の応安(1368~)頃とされ『友行』の子という。室町期を通じて六代つづいた。新刀期には肥後細川家の飛地となった同地で鍛刀を続け寛政(1800)頃まで数代にわたり高田の地に鞴を構えている。
 表題の作者『実行』は新刀期、明暦頃の作で名を久三郎という。隣国の肥前忠吉系との技術交流を明示する山城伝を念頭とした作風は姿均整がとれ、身幅広く重ねの厚い強靭な姿をしている。生ぶの茎は良好な錆味をしており、元姿を留める頗る健全な体躯。入念な小板目鍛の鍛錬には精緻な地景が煌めいて同派の優れた手腕を明示する優作である。

附)黒漆塗竹幹鞘打刀拵拵全体写真 /刀装具各部写真
  • 縁頭:賢人図、赤銅魚子地、高彫、色絵、銘 干英子 野村包教
  • 目貫:龍兜図、赤銅地 容彫、金色絵
  • 鐔:賢人図、鉄地 丸形、肉彫、地透、金象眼、金覆輪、無銘
  • 柄:白鮫着、生成常組糸諸撮菱巻
渡金太刀はばき、白鞘付属
参考文献:
本間薫山・石井昌國『日本刀銘鑑』雄山閣、昭和五十年