I25073(T5563)

短刀 銘 儀助 附)潤塗印籠刻鞘短刀拵

古刀 室町時代末期 (天文頃・1532~) 駿河
刃長 22.5cm 僅かに内反り 元幅 22.5mm 元重ね 5.6mm

保存刀剣鑑定書

附)潤塗印籠刻鞘短刀拵

剣形:平造り、庵棟、七寸五分の頃合いの刃長。身幅尋常に重ね厚く僅かに内反り。ふくらやや枯れごころの室町時代後期に流布した平造り短刀の典型。(刀身拡大写真) 鍛肌:板目流れて刃寄りと棟寄り流れて柾目肌顕著。鍛に絡んだ地景現れ、棟寄りと刃側に白けごころの映りがたつ。 刃紋:沸本位の互の目乱れに逆がかった丁子を交え、砂流し頻りとかかり匂口が明るい。帽子:乱れこんで地蔵風に小丸に返り棟に深く焼き下げる。 中心:生ぶ茎。茎尻の刃側を削いで棟側僅かに反りがある。鑢目檜垣、棟小肉ついてここには大筋違の鑢目がある。先浅い栗尻。目くぎ穴一個。指表目釘穴下には大振り『儀助』の二字銘がある。  戦国時代の無反りでやや重ねの厚い短刀は、組討ちに際して刺突を念頭に於いて馬手差(めてさし)(右手側)に指したという。ふくらを枯らした切先の強靭な焼刃は棟まで深く焼き下げ鋭利さ追求し打刀の添差として重用された。  『(にんべん)』のある『儀助』の名は銘鑑にはその名をみないが、『義助』一門の作刀であろう。駿河の嶋田義助一派は、領主今川義忠のお抱え鍛冶として『義』の字賜り『義助』と称したのを始祖とし、室町中期から江戸時代中期まで十代に及ぶ作品が遺されている。室町時代後期には今川・北条両豪族配下で相州小田原鍛冶との師弟関係を結び技術交流をおこない、さらには武田氏の招聘で甲府にて駐鎚鍛刀をしたという。  この短刀は室町時代後期の三代・もしくは四代あたりの時代の作と鑑せられる。銘文がたいへん珍しく資料的価値も高い。群雄割拠の戦国時代に美濃伝と相州伝を巧みに熟して増大する武士の需に応じた七寸五分の頃合いの刀身は、地鉄板目柾流れて白け映りがたちこめ、鍛肌に絡んで地景現れて古調な味わい豊か。沸出来の互の目は地景に呼応した砂流し頻りとかかり、刃縁さかんに掃きかけ、て闊達な沸の働きの刃味は格別。茎の錆味良好に檜垣の鑢目明瞭、二字銘『儀助』の鏨枕立つ完存の優品である。

附)潤塗印籠刻鞘短刀拵 (拵全体写真・ / 刀装具各部写真
  • 縁:丸に九枚笹紋、赤銅魚子地 高彫、金色絵、銘 石黒政近(花押)
  • 目貫:丸に九枚笹紋、金地、容彫
  • 小柄:波に水鳥図、赤銅魚子地、高彫、銀色絵、銘 後藤傳乗(花押)
  • 鐔:はみだし形、山銅地、無文、赤銅覆輪、無銘
  • 柄:白鮫着、納戸色細糸組上平巻
銀着一重腰祐乗鑢はばき、白鞘付属