Tuba2735a

菊花透図鐔 埋忠

無銘 梅忠

丸形 鉄槌目地 陰透 両櫃孔 打返耳

縦 82.7cm 横 82.0mm 重ね 3.6(耳) 1.9mm羽台)

特別保存刀装具鑑定書

 埋忠明寿の父『重隆』は金工家として足利将軍の側近として仕え刀剣の金具類を司った。『明寿』も父のあとを継いで足利義昭に仕え、のちには織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など天下人の知遇を得て京西陣に住した。梅忠派は金工家としてだけでなく新刀鍛冶の祖と仰がれその門下からは堀川国広、肥前忠吉、安芸輝広などの名刀鍛冶を輩出している。さらには本阿弥光悦、光徳などの文化人や細川忠興らの武将達との交友も深い高名な文化人でもあった。同派は、京都における金工と刀鍛冶の名門であることから、明寿以前にも鍔の制作は行なわれている。金家・信家は戦国時代の諸行無常や禅の思想を内包するのに対峙して梅忠は安土桃山時代を象徴する垢抜けた画題を採っているものが多い。
 この鐔は甲冑師鐔に範をとり丸形でふっくらとした鉄槌目地に、陰透の菊花彫の線は極細く且つ薄く洒落た装いで山城の古雅な気品に満ちている。