S35492(S830)

太刀 銘 備州長船「重」「弘」

古刀 南北朝時代(貞治頃/1362~)) 備前
刃長 71.4cm 反り 1.6cm 元幅 30.9mm 先幅 20.0mm 元重 7.0mm 峰長さ 34.0mm 茎長さ 21.1cm 茎反り 0.2cm

第二十四回重要刀剣

10回まで無金利分割払い(60回まで)

剣形:鎬造、やや低めの庵棟。身幅広く元先の幅差さまに開かずにやや浅めの腰反りがついて踏ん張りがつき中峰に結ぶ。身幅に比して鎬幅狭く平地が広い南北朝期の太刀姿。(刀身拡大写真
鍛肌:板目に大杢交じえて肌立ち、地沸微塵について地景入り、淡く乱れ映りが立つ。
刃文:直刃調に小丁子・小互の目を交えて小模様に乱れ、処々逆かかる。匂い勝ちに小沸つき足・葉入り砂流しかかり匂い口明るい。
帽子:乱れ込んで先焼詰める。
茎:生ぶ。栗尻に結ぶ。鑢目勝手下がり、目釘孔三、太刀佩表第一目釘上方棟寄りにやや細鏨で六字の長銘『備州長船□□』がある。
 本作は個銘『重弘』と鑑せられた南北朝時代の太刀。往時の元幅を保持して腰反り高く踏ん張りがつき、重ねが厚い異風堂々たる太刀姿。銘鑑によると、『重弘』は『古元重』の弟『重真』の門人で、貞治五年の年紀作がある。同工の作域は兼光に類似して中直刃に小互の目が交じり、頭の揃った片落ち互の目を交えている。手持ち重厚に重ねが厚く平肉がついて、地肌は杢目肌顕著に青黒く淡く映りがたつなどの青江物に通じる肌合いが看取することが出来る。
 生ぶの太刀姿を保持して健全な体躯を保ち且つ南北朝期長船物上物の出来映えが明示された同工の高い技量が窺い知られる。原姿をとどめる長船物の優品として第二十四回重要刀剣に指定されている。
金着せ太刀はばき、白鞘入
注)備前長船の地では鎌倉時代初期以前に古備前が名声を得て以来、後鳥羽院の御番鍛冶として勃興した一文字派とともに長船派の鍛冶らが名匠を輩出して繁栄を続けてきた。
 長船派の祖である光忠は長船鍛冶の惣領として暦仁頃(1238)から蒙古襲来の文永の役(1274)頃に顕れ、同派の長光・景光の三代にわたり筆頭鍛冶の役割を果たした。
 長船鍛冶らは鎌倉幕府・朝廷の注文による九州防衛に向かう武士の腰物に用いられ、さらには鑑賞上の美的な観点から全国の社寺仏閣に発令された異国降伏の加持祈祷に用いられる太刀等は長船鍛冶らに発注されたと思われる。長光が『左近将監』の官位に叙されたことや太刀に『熊野三所権現』(国宝)の切付銘字があることから社寺仏閣への献上に採り立てられたことを伺うことができる。

参考資料:
重要刀剣図録

本間薫山『日本刀銘鑑』雄山閣、昭和五十年