G69272/3(S3279)

大小一腰 銘 藤原兼房作 為光将氏重代 平成甲戌年十月吉祥日

現代刀(平成六年 / 1994)岐阜県
(大) : 刃長 74.8cm 反り 1.7cm 元幅 34.0mm 先幅 26.0mm 元重 7.2mm
(小) : 刃長 55.3cm 反り 1.3cm 元幅 28.5mm 先幅 22.5mm 元重 5.8mm

10回まで無金利分割払い(60回まで)

剣形:鎬造り庵棟。身幅広く重ねやや厚くついて平肉つかずやや浅めの反りがつく。元先の幅差さまに開かず大峰延びごころ。
刀拡大写真脇指拡大写真
彫物:大小とも表裏に樋先の下がった二筋樋の彫物がある。
鍛肌:地鉄は流れごころの板目鍛えに大きめの杢目を交えて肌立ち、地沸が厚くついて沸映り立つ強い地鉄。
刃紋:沸出来の大丁子、蛙子丁子、袋丁子や尖りごころの互の目などの多様な乱れを交えて、焼刃高低ついて部分跳び焼きがある。刃縁・刃中の沸は殊の外強く匂い口深く、足・葉や金筋・稲妻・砂流しの働き盛んに明るく冴える。
帽子:大峰の焼強く乱れ込んで先掃きかけて小丸に返る。
中心:茎生ぶ、目釘孔一個。刃上がり栗尻、勝手下がりの鑢目。大小ともに佩表には『藤原兼房作 為光将氏重代』、裏には『平成甲戌年十月吉祥日』の制作年紀がある。

 二十五代藤原兼房、本名加藤賀津雄氏は昭和三十二年(1957)、岐阜県関市二十四代藤原兼房の二男として生まれた。昭和五十年(1975)人間国宝月山貞一に入門して研鑽を積み、同五十七年(1982)文化庁認定刀匠となった。昭和五十八年(1893)に父二十四代兼房に師事して翌五十九年(1984)には日本刀鍛練道場を開設して二十五代藤原兼房を襲名して現在に至る。
 1982年ボストン美術館での展覧会に師の月山貞一に随行し、2004年にはモスクワを訪問して日本刀を紹介、さらにはドイツにて鍛練実演を披露するなど海外での啓蒙活躍をしている。
 新作名刀展に於いて優秀賞、努力賞を受賞。全日本刀匠会理事、関伝技術保持会理事、関伝刀匠会会長を歴任。明治神宮および熱田神宮に奉納し、大相撲太刀の制作では平成二十九年(2017)、長男の二十六代藤原兼房との親子合作で第七十二代横綱・稀勢の里の太刀を制作している。
 この大小一腰は、二十四代兼房氏三十七歳の作品。勇壮な相州伝の体躯は浅めの反りがつき、身幅が広く、元先の幅差が少なめに大峰に結ぶ。ふくらは枯れて平肉の付かない鋭しさを有する南北朝時代に流布した勇壮な姿に刃文は粗沸本位の焼幅の大乱れに腰括れの所詮『兼房乱れ』や尖互の目が交じり跳び焼きがあるなど活気に満ちたもので、刃中は砂流し・金筋・稲妻など闊達な沸の働きを魅せた大乱れは如何にも華やか。地肌は相州風の板目を主調に大杢目、刃寄りに柾目肌を交えて強く躍動している。入念たる二筋樋の彫り物から、名物分部志津もしくは二筋樋貞宗あたりに念頭を於いたものであろう。同工白眉の優作大小である。
銀地鍍金はばき、白鞘付属
注)二十四代藤原兼房は熱田神宮、伊勢神宮奉納、第六十三代横綱・旭富士の太刀を鍛刀。平成二年(1990)に関市長表彰受賞、同七年(1995)には美濃伝日本刀鍛練技法の保持者として岐阜県重要無形文化財保持者となり美濃伝の伝承に尽力した。平成二十五年八月二十八日(2013)に鍛刀一筋の生涯を終えている、享年九十歳