T306299(S2849)

刀 無銘 千代鶴守弘

古刀 南北朝時代 (至徳頃/1384~) 越前
刃長 73.9cm 反り 2.6cm 元幅 31.0mm 先幅 20.1mm 元厚 7.1mm

保存刀剣鑑定書

 

剣形:鎬造、庵棟。身幅広く、大磨上ながらも二尺四寸四分(73.9cm)と刃長のびて元に踏ん張りを遺して深い中間反りがつき中峰のびるおおらかな太刀姿。(刀身拡大写真
鍛肌:板目肌に刃寄り流れる肌を交えて肌立ち、地沸厚くついて地斑調の映りがたち、所詮『来映り』が看取できる。
刃文:広直刃に小乱れ・節を交えて処々ほつれるところがある。刃縁には金線かかり明るく冴え、柔らい小沸が厚くついて淡い湯走り状の映りとなる。
帽子:帽子の焼刃は高く、強く掃きかけて中丸に返る。
茎:大磨上無銘。目釘孔二個。表裏茎の平地に浅い勝手下がりの鑢目、太刀表茎の鎬地は勝手上がりの鑢目、裏には勝手下がりの鑢目がある。茎尻切。

 千代鶴派の『守弘』は山城国来派の『国安』を初祖とする刀工。来国安は来国俊の門人と伝えられ、山城から越前に移住し『千代鶴』と号したことからの呼称である。
銘鑑によると、『守弘』は来国安の子または門人とつたえられ、南北朝時代から室町時代初期にかけて数世代にわたり同工名がみうけられる。
 この刀は元来二尺七寸を超える大太刀であったものを後に三寸ほど磨上げられて無銘とされた。磨り上げながらも深い輪反りが付いて来派の特徴が顕著。中間反りが深くつき中峰のびやかな南北朝期の太刀姿。沸出来の中直刃に鼠足・小乱れが看取され、さらに金筋かかり帽子も掃きかけるなどの北国気質が看取されるものが特徴である。漆黒茎の錆味には古雅があり、磨上げの時期は桃山時代であろう。中鋒延びごころに鎬が張って平肉も比較的厚く残された健全な体躯は好ましく、山城来派の高位な技倆を伝法を受け継ぐ優品である。
時代二重はばき(上貝金着・下貝銀着)、白鞘入
参考文献:本間薫山・石井昌國『日本刀銘鑑』雄山閣、昭和五十年