A64242(S3278)

刀 銘 備州長船祐定 永正九年二月日

古刀 室町時代後期(永正九年/1512) 備前
刃長 69.6cm 反り 2.6cm 元幅 29.7mm 先幅 17.4mm 元厚 7.8mm

保存刀剣鑑定書

10回まで無金利分割払い(60回まで)

剣形:鎬造り、庵棟やや低く重ねが厚くつく。刃長やや延びて腰反り深く元に踏ん張りがあり、元先の幅差が頃合について先反りが加わり中峰に結ぶ。(刀身拡大写真
彫物:表裏には添樋跡を伴う角留棒樋の彫物がある。
鍛肌:板目肌に杢交えて総体に肌立ち、湯走り状の地沸ついて乱れ映りがたつ。
刃紋:沸主調の湾れを主調に小互の目を焼いて広狭ある丁子刃を交える。刃縁の小沸は厚く微塵について、一分の沸は地に溢れて湯走りとなる。刃中は匂い深く充満して沸足放射し賑々しくかかり、沸匂の闊達な働きがある。
帽子:帽子の焼刃高く、乱れ込む。
茎:生ぶ、茎目釘孔二個。片手打ちに適した短めの茎。勝手下がりの鑢目、棟肉平。栗尻張る。佩表の鎬地に明瞭な細鏨で『備州長船祐定』の六字銘を刻し、裏には『永正九年二月日』の年紀がある。

 長船祐定は勝光・清光らと並び『末備前』もしくは『永正備前』と呼称される室町時代後期の備前鍛冶を代表する名家である。永正期における祐定は『与三左衛門尉』をはじめとして『彦兵衛尉』、『源兵衛尉』を冠する祐定がおり、『校正古今鍛冶早見出』によれば俗名を冠する祐定を二十一人揚げている。
 本作は俗名こそ添えられていないが、永正頃の定寸に比して弐尺弐寸九分半と寸が延びている。腰反り高くついて先反りを加えた片手打ちによる素早い抜刀に好適な体躯は、重ねを頗る厚く採った強固な肉置きをしながらも、角留の棒樋により重量が調整されてさらには刃抜けのよさを配慮された同時代の打刀の典型である。
 硬軟の鋼を板目に鍛造した地鉄には沸映りが鮮明にたち、沸主調の焼刃は行草に華やかに乱れて変化に富んで明るい閃光を放つ。表裏に施された添樋跡を伴う角留の棒樋は入念であり、祐定の作域中相当に上手な一口。
 五百有余年を経ても尚健全な体躯を保持しており、地刃共に活力漲る旺盛な働きが十分に楽しめる永正祐定の優れた技量を明示する秀品である。

銀着銅はばき、白鞘入
参考文献:『長船町史 刀剣編図録』 長船町 平成十年

注)中世末期、所謂室町時代中後期の打刀の体躯の特徴に、永正・大永(1504~27)頃は二尺~二尺一寸くらいの、寸法がつまって、片手打刀恰好のややズングリした姿が主体であり、これが享禄・天文(1528~40)頃になると刃長が二尺二寸台位に延びて、やや身幅が広く中峰延びごころの姿が多くなる。さらに時代が下り、元亀・天正(1570~91)頃の室町時代最末期になると寸法は二尺三寸以上、身幅広く、元先の幅差があまり開かずに、大峰に結び、茎の寸法も片手打ちから両手打ちへと移行する傾向が窺われ、上半には先反りの付いた頑健な打刀姿に変貌していく。