S4765(W2743)

脇指 銘 出羽大掾藤原国路

新刀 江戸時代初期(寛永頃・1624~)山城
刃長 52.7cm 反り 0.6cm 元幅 29.5mm 先幅 19.5mm 元重 6.5mm

保存刀剣鑑定書

特別貴重刀剣認定書

日本刀剣保存会(正真)鑑定書

10回まで無金利分割払い(60回まで)

剣形:鎬造り、庵棟、身幅広めに浅めの反りがつく。鎬筋高く、重ね厚く元先の幅差頃合いについて中峰に結ぶ。(刀身全体写真
鍛肌:板目肌流れごころに杢目をまじえて棟寄り柾がかり、地沸が微塵につき地景が頻りに顕れ、鎬地は柾目肌。
刃文:元を小互の目で焼き出して、湾れに互の目・箱刃・尖り刃交えて変化あり、沸よくついて匂い深く明るく冴え太い沸足が入る。
帽子:横手下で互の目を焼き直調に湾れ中丸となり、所謂『三品帽子』風。
中心:生ぶ。目釘穴壱個。茎の刃方は舟形風に肉を卸し先を細めて刃上栗尻に結ぶ。鑢目は角度の深い大筋違に僅かに化粧鑢。棟小肉平ついてここにも大筋違の鑢目がある。佩表の鎬地寄りには大振りで鏨の深い『出羽大掾藤原国路』の長銘がある。
 『出羽大掾藤原国路』は堀川国広の高弟として誉れが高い。『出羽大掾藤原来国路 慶安五年五月吉日 七十七歳作』と元号と行年をきたものがあることから、天正四年(1576)生まれであることがわかる。
 慶長十三年紀の作刀に初銘『平安城住国道』ときり、翌十四年からは『国路』と改められている。出羽大掾の受領は国広歿後の慶長十八年十月十日、国路三十九歳のときであった。伊賀守金道、丹波守吉道、越中守正俊ら三品派との交流が伺われ、国広門下中第一の腕達者で作域が広く、器用さに於いては師を凌ぐものがある。同工は明暦年間に至るまで五十年以上の長きに亘って製作した長寿でもあった。 国路の作刀は本作のように相州伝に美濃伝を加味されたものが慧眼され『上々作』に番付されている。戦国婆娑羅の機運が未だ高揚するなか、武士らに『業物』としてその斬れ味を称賛された。
 この脇指は区深く遺された健全な体躯が温存されている。鎬筋が凛として高く、平肉がついた骨太の姿は印象的で手にどっしとした重量がある。良質の鋼を用いて鉄色冴え、変化ある焼刃は相州伝を念頭に志津兼氏を想わせる。茎の保存状態優れ、独特の書体の銘字も鮮明。同工円熟期の佳作である。
金着せ腰祐乗鑢はばき、白鞘入
参考文献:本間順治・佐藤貫一『日本刀銘鑑 新刀篇一』大塚工藝社、昭和四十一年