T121925(S2063)

太刀 銘 信国 (筑紫)

古刀 室町時代前期(永享頃/1429~)豊前
刃長 69.8cm 反り 2.0cm 元幅 29.1mm 先幅 16.8mm 元重6.5mm

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剣形:鎬造り、庵棟低く、やや深い中間反りがつき、元先の幅差がついて中峰に結ぶ太刀姿をしている。(刀身全体写真
彫物:佩表には腰樋、裏には二筋樋の彫物がある。
鍛肌:板目肌よく練れて潤いがあり白けごころの映りがたつ。太刀佩表の下半は肌立ちごころ。
刃紋:浅く湾れて処々小互の目・小乱れを交え物打ち近辺は処々かけだすところがある。刃縁の匂口締まり鼠足頻りと入る。
中心:太刀銘で信国。壱寸五分ほどの区送り磨上げ。目釘孔参個、太刀佩表の鑢目は鎬地は鷹の羽、平地は切となり、区送り部の鑢目は切。佩裏は切の鑢目がある。
帽子:直ぐに中丸に返る。
 初代信国は了戒久信の子、来国俊の曾孫にあたり、山城の堀川に住して貞宗三哲の一人に数えられる名匠として知られる。
 南北朝期の戦乱で焦土と化した山城の地では、三代信国『左衛門尉』の子にあたる『信国定光』が了戒とともに同国を離れて宇佐八幡宮の地に移住したと伝えられる。はじめ『定光』、のちに『信国』と改めて中興の祖となり『宇佐信国』もしくは『筑紫信国』と呼称されて室町時代をつうじて同派の名声を受け継いだ。幕政時代新刀期になると、福岡城主として移封してきた黒田家より知行を得て『筑前信国』と称され、藩工としておおいに繁盛している。
 この太刀は僅かに区送り擦上げられながらも元に踏ん張りがあり、京反りが深くついた古雅な体躯に二字銘『信国』を有する『筑紫信国』の稀有な太刀である。
時代銅はばき、白鞘入
参考文献:
本間薫山・石井昌國『日本刀銘鑑』雄山閣、昭和五十年