T259844(S8911)

刀 銘 於東都加藤綱英造之 文化十年八月日 應須賀井正敏需之鍛 附)潤塗鞘打刀拵 附)黒漆塗三分刻鞘打刀拵

新々刀 江戸時代後期(文化十年/1813) 武州
刃長 70.0cm 反り 1.9cm 元幅 31.8mm 先幅 19.8mm 元厚 8.1mm

特別保存刀剣鑑定書
刀剣美術425号誌上鑑定刀所載品

附)潤塗鞘打刀拵 附)黒漆塗三分刻鞘打刀拵

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剣形:鎬造り庵棟。身幅幾分広めに重ね厚くつき、平肉つかず、平地に比して鎬幅が狭く、元先の幅差頃合いに中峰に結ぶ。六分に及ぶやや強めの腰反りがつき茎にも反りがついた優美な体躯。(刀身拡大写真
鍛肌:小板目鍛の地鉄は微塵に詰んで澄み、地底には地沸が緻密に湧き出して鉄色冴える。
刃紋:大波の打ち寄せる様を表現した濤瀾刃は乱れの谷が角ばり左右に互の目を三つずつ配して谷に向かって徐々に大きさを増す。匂口締まりごころに小沸よくつき、処々波飛沫を意図する玉焼がある出来の波濤刃に棟焼きがある。刃縁の小沸明るく冴え、互の目足太く刃先に放射して刃中は柔らかな匂が充満している。
帽子:横手下で互の目を焼いて直ぐに中丸、返り深くかたく止まる。
中心:茎生ぶ、化粧鑢が施された筋違の鑢目。先細り入山形の茎尻に結ぶ。佩表の目釘孔下、鎬筋上には鍛刀地と銘字『於東都加藤綱英造之』の鏨が入念に施され、裏の鎬地には注文主の添銘『應須賀井正敏需之鍛』平地には『文化十年八月日』の年紀がある。

 加藤助太郎綱英は出羽国米沢の加藤助四郎国秀の長男として生まれた。初銘『国綱』。濤瀾乱の名手である父『国秀』に学び、弟の『綱俊』を指導した。門下には白河松平藩工の『固山宗次』がいる。
 次弟の八郎綱俊とともに親兄弟で出羽米沢藩主上杉家の藩工となり、文政四年頃に出府して水心子正秀門下で学び、江戸麻布飯倉片町(現在の六本木五丁目と麻布台三丁目の各一部が町域)の上杉家中屋敷に住して鞴を構え鍛刀している。
 加藤一門は甥の石堂是一、高橋長信、青竜軒盛俊などの優れた門人を育成し幕末の江戸で一大流派を築き、備前伝では水心子一門を凌ぐほどの名声を誇る屈指の名門である。
 綱英は沸主調の濤瀾刃が本領で弟の綱俊や弟子の固山宗次に観る匂出来の互の目丁子は慧眼しない。この刀は師伝の濤瀾乱れに綱英独自の創意を凝らした濤瀾焼刃の構成は同工の手腕が遺憾なく発揮され、米沢藩士『須賀井正敏』の需銘も貴重。特別注文の一口であることを首肯する同作中の典型傑作である。

附)潤塗鞘打刀拵 (拵全体写真刀装具各部写真
  • 縁頭:七宝文図、赤銅磨地、金色絵、無銘
  • 目貫:牡丹図、赤銅容彫、金色絵
  • 鐔:牡丹図、山銅地、槌目地、金銀色絵、銘 菊舟作
  • 柄:白鮫着薄茶色常組糸摘巻
附)黒漆塗三分刻鞘打刀拵 (拵全体写真刀装具各部写真
  • 縁頭:草廬三顧図、赤銅磨地、高彫、色絵、銘 濱野直随
  • 目貫:方広寺鐘図、赤銅容彫、金色絵
  • 鐔:鉄拐仙人図、素銅地、高彫、色絵、銘 濱野直随
  • 柄:白鮫着古代紫色常組糸摘巻
金着二重はばき、白鞘入