T176453(S7859)

刀 銘 肥前国大和大掾藤原兼廣 附)青貝微塵散黒漆柳紋塗鞘打刀拵

新刀 江戸時代前期 (寛文頃/1661~) 肥前
刃長 69.4cm 反り 1.4cm 元幅 29.6mm 先幅 18.5mm 元厚 6.4m

特別保存刀剣鑑定書

附)青貝微塵散黒漆柳紋塗鞘打刀拵

剣形:鎬造り、庵棟。重ね・寸・身幅とも尋常にやや深めの反りがついて中峰延びごころ(刀身拡大写真
鍛肌:板目肌つみ、棟寄り鎬地に流れる肌を交じえ、地沸微塵によくつき地景細やかに入る。
刃紋:互の目乱れに丁子刃交じり、焼き高く華やかに乱れ、足・葉入り、匂い深く、小沸よくつき、特に乱れの谷に一段と沸がつき凝った状態となり、処々跳び焼きかかり、互の目の頭が丸味をもって焼かれ玉状となり僅かに棟焼きがある。近接した二つの互の目が昆虫の目玉を思い起こさせる所詮『虻の目』と称される肥前刀独特の刃を形成している。刃中総体に砂流しかかり金筋入り匂い口明るい。
帽子:焼き高く一枚風に乱れ込んで掃きかける。
茎:僅かに区送り、茎反り僅か。刃上栗尻、鑢目は切り。平の棟肉には大筋違の鑢目がある。目釘孔二個(一埋)。佩裏の棟寄りにはやや大振りの鏨深い運びで『肥前国大和大掾藤原兼廣』の長銘がある。

 肥前国忠吉・橋本宗家の系譜は初代忠吉の異母兄弟である『吉貞』と弟の『広貞』さらには娘婿『吉信』らの活躍が挙げられよう。彼等は兄もしくは義父である初代忠吉の工房にて長期にわたり勤務し、彼等の作刀期間のおおくは初代忠吉および二代忠廣の補佐的な役割を担っていたものと推測されよう。故に『吉貞』と実弟の『広貞』等は生涯にわたり任官受領せず自身銘の違例は比較少ない。
 初代忠吉の娘婿『吉信』は実子の『正廣』、『行廣』兄弟を擁立して分家して独立。異母弟『広貞』の長男『国広』および次男の『忠国』の兄弟はそれぞれ別家を樹立しながらも宗家の忠吉一門を補佐し肥前刀の更なる発展に寄与したようである。分家の肥前刀鍛治等は大模様で一際華やかな乱れ刃を焼いて刃取りに変化をもたせ上々の出来映えを魅せて藩主鍋島家から宗家以上の寵愛を受けて代々繁栄している。
 表題の『兼広』は『国広』の子、『広貞』の孫にあたり、名を橋本六郎左衛門という。鍋島藩の寵愛厚く初め『大和大掾』を任官、更には『大和守』を受領して佐賀城下で鍛刀している。
宝永二年歿(1705)。系譜は二代の『遠江守兼広』に受け継がれている。
 この刀は板目がよくつみ、棟寄りに流れ肌が交じり、焼きが高く華やかに乱れて足・葉が入り、匂深で小沸がよくつき、総体に砂流しがかかり金筋入り、大模様で一際華やかな乱れ刃を焼いて刃取りに変化をもたせ、かつ覇気が感ぜられるもので上々の出来映えを魅せた匂口の明るい出来口をしており肥前刀の華麗なる乱刃の作域を明示した同工会心の逸品といえよう。

附)青貝微塵散黒漆柳紋塗鞘打刀拵拵全体写真各部拡大写真

  • 総金具(縁頭 口金具 栗形 鐺)尾花(芒)図 素銅地鋤彫 縁銘 保利(花押)
  • 目貫 薬玉図 容彫金色絵
  • 鐔 算木花弁小透図 木瓜形 槌目地 文字判押散 無銘
  • 柄 黒漆塗鮫着 納戸色糸平巻

幕末頃、岡山常磐町に住した金工『保利』(田上東三郎)による山銅地総金具は秋風に揺らめく尾花図を巧みな彫刻表現の優作
金着二重はばき、白鞘付属(佐藤寒山先生鞘書
*古研ぎのため処々に轢跡があります