H13186(S2066)

刀 無銘 古宇多

古刀 鎌倉時代末期至南北朝(文保~康安頃/1317~61) 越中
刃長 70.3cm 反り 2.3cm 元幅 31.1mm 先幅 20.8mm 元重 6.8mm

第十三回重要刀剣

剣形:鎬造り、庵棟。大磨上げながらも厚めの重ねを有して身幅広く、腰に踏ん張りがあり、反り高めについて猪首風の中峰に結ぶ。表裏には樋先の上がった太く深い片チリの棒樋を掻き通す。切先より27.3cm下方の棟に武勇の誉打跡がある。(刀身拡大写真)(押形
地鉄:板目肌を主調に刃寄りながれて肌立ち、地沸厚くついて鍛肌に沿った太い地景で肌目が鮮明に立つ。
刃文:沸本位の焼刃は高く、浅く湾れて僅かに小互の目を交える。匂口は沈みごころとなり刃縁の沸厚く積もり、刃中匂い深くここに砂流し頻りにかかり、金線はいるなど刃中豊かな働きがある。
帽子:直ぐに掃きかけて先小丸。
茎:大磨上げ無銘。目釘孔二個。切の茎尻には半月状の第三目釘孔跡がある。生ぶ茎の鑢目は浅い勝手下がり、磨上げ部分には切の鑢目がある。
 宇多派は鎌倉時代後期、文保頃(1317~)に大和国宇多郡を出自とする国光が越中国に移住した一門を指す。南北朝時代に国房・国宗・国次等の刀工が活躍し、同銘相継いで室町末期に亘って栄えている。鎌倉末期から南北朝期の作品を古宇多と総称している。
 同派は大和国宇陀郡の出身であるころから大和気質の強いものが多く見られるものの、国房をはじめ同派の刀工は則重に相州伝を学び、同門の真景や為継に倣ったと思われる相州伝法特質を強く窺わせる作品もある。
 この刀は二寸ほど磨上げながらも元身幅広く腰に踏ん張りがあり、高い反りがついて猪首風の中峰にむすぶ鎌倉時代末期の体躯を有している。地刃に大和色を処々に伺わせながらも相州伝の特質を明示しており所伝が首肯される。
 おおらかに穿かれた第三目釘孔跡は長寸の太刀が磨上げられた名残で、異風堂々たる鎌倉時代末期の太刀の原姿を髣髴させる。相州本伝絶頂期の特徴を有する常にない出来口で地刃が健全で出来がよく、同派中の優品であることが第十三回重要刀剣指定品として賞揚されている。
古研ぎのためはばき擦れが見受けられます。
牡丹祐乗金着せはばき、白鞘入