M52679(S3275)

刀 銘 備州長船祐定 永正十二年二月日 附)黒漆石目地青貝散鞘半太刀拵

古刀 室町時代後期(永正十二年/1515) 備前
刃長 67.0cm 反り 2.0cm 元幅 29.0mm 先幅 16.1mm 元厚 8.3mm

保存刀剣鑑定書

附)黒漆石目地青貝散鞘半太刀拵

 

剣形:鎬造り、庵棟尋常に、鎬筋高く重ねが厚い。頃合いの寸法に腰反り深く元に踏ん張りがあり、元先の幅差がついて先反りが加わり中峰に結ぶ。(刀身拡大写真
鍛肌:板目肌に杢交え肌立ち、湯走り状の地沸ついて沸映りが鮮明にたつ。
刃紋:沸主調の湾れに互の目は複式の蟹の爪状となり、尖りごころの丁子刃を交える。刃縁には小沸厚く微塵について一部の沸は地に溢れて湯走りとなる。刃中は匂い深く充満して足よくはいり、長い金線や砂流し賑々しくかかるなど沸の闊達な働きがある。
帽子:焼き強く・高く乱れ込んでさかんに掃きかける。
茎:生ぶ、茎目釘孔壱個。片手打ちに適した短めの茎。鑢目は勝手下がり、棟肉平。栗尻張る。佩表の鎬地に明瞭な鏨で『備州長船祐定』の六字銘を刻し、裏には『永正十二年二月日』の年紀がある。

 長船祐定は勝光・清光らと並び「末備前」もしくは「永正備前」と呼称される室町時代後期の備前鍛冶を代表する名工。なかでも与三左衛門尉や彦兵衛尉を冠する祐定が「永正備前」の最上工として高名である。本作は俗名こそ添えられていないが、弐尺弐寸壱分半の永正頃の定寸法に腰反り高くついた片手打ちによる素早い抜刀に好適な姿。鎬筋は凛として高く棟に向かい鎬地をやや削いだ強固な肉置きは同時代の打刀の典型でもある。
 硬軟の鋼を板目に鍛造した地鉄には沸映りが鮮明にたち、沸本位の焼刃には野趣に富んだ金線・砂流しが賑々しく表出している。五百有余年を経て尚健全な体躯を保持し、地刃共に活力漲る旺盛な働きが十分に楽しめる祐定の優れた技量を明示する秀品である。

附)黒漆石目地青貝散鞘半太刀拵全体写真刀装具拡大写真
  • 総金具(兜金 縁 口金 栗形 責金物 柏葉 石突金物) 丸に桜花紋唐草図 朧銀磨地 毛彫 無銘
  • 目貫 丸に桜花紋三双図 赤銅容彫 金色絵
  • 鐔 葵形 朧銀磨地 毛彫 四方猪目透 金色絵耳櫃孔 無銘
  • 柄 黒漆塗鮫着 納戸色撮菱巻
時代銅はばき、白鞘付属
参考資料:『長船町史 刀剣編図録』 長船町 平成十年

注釈)中世末期、所謂室町時代中後期の打刀の体躯の特徴に、永正・大永(1504~27)頃は二尺~二尺一寸くらいの寸法がつまって、片手打刀恰好のややズングリした姿が主体であり、これが享禄・天文(1528~40)頃になると刃長が二尺二寸台位に延びて、やや身幅が広く中峰延びごころの姿が多くなる。さらに時代が下り、元亀・天正(1570~91)頃の室町時代最末期になると寸法は二尺三寸以上、身幅広く、元先の幅差があまり開かずに、大峰に結び、茎の寸法も片手打ちから両手打ちへと移行する傾向が窺われ、上半には先反りの付いた頑健な打刀姿に変貌していく。