T236360(T5012)

短刀 銘 兼幸

室町時代後期(大永頃/1521~) 美濃
刃長 29.6cm 反り 0.3cm 元幅 26.7mm 元厚 6.8mm

保存刀剣鑑定書

 

 

剣形:平造り、庵棟尋常にやや浅めの反りがついて、ふくらつく。重ね厚くついて大振り堅強な造り込みをしている。(刀身拡大写真
彫物 : 表には棒樋、裏には護摩箸の彫物がある。
地鉄:板目肌の肌目たち、棟寄りは柾流れて地沸つき湯走りかかり、鮮明な地景が顕れる。
刃文:湾れに丁子刃、尖り刃、波濤風の焼刃や大互の目が矢筈風となる高低変化に富む焼刃は処々に跳び焼・棟焼かかり所謂皆焼刃となる。総体に刃縁には均一な小沸がよくついて明るく冴え、刃中は匂が厚く・深くついて、互の目の足よく入り、葉が頻繁に浮かび、砂流し頻りとかかるなどの沸匂の闊達な働きがある。
帽子:焼強く、高く一枚風に乱れ込んで火炎風に激しく砂流が掛かり、深く返って棟焼きに繋がる。
茎:生ぶ、刃上がり栗尻張る。表の鑢目檜垣、裏は切鑢。棟肉平。大振りの目釘孔壱個。掃表の棟寄りには古雅な二字銘『兼幸』がある。

 表題短刀の作者『兼幸』は美濃国、関の東郊に隣接する庄園、蜂屋(現、美濃加茂市蜂屋町上蜂屋)にて鍛刀した。蜂屋庄は室町時代初期は土岐氏の勢力範囲であり、刀剣需要が多い土地柄である。文明から明応(1469~92)にかけて『兼貞』、『兼正』らの鍛冶の名がみられるようになる。
 本作は大永頃(1521~27)の兼幸、兼貞の子。天文頃(1532~54)には弐代目『兼幸』の名がある。
 太刀の添指として具えたのであろう、長めの刃長に比してやや長め茎をもつ特徴は室町時代後期に流行した帯用様式を明示している。硬軟の鉄を鍛えた大板目の地鉄は鮮明な地景による渦巻き肌が表れ、裁断に適して打ち合いに備えての棟焼きがあるなど強靱な焼刃の迫力ある皆焼刃の構成は実利を重視したもので凄味がある。
戦国時代の美濃国、蜂屋鍛冶の代表工である『兼幸』の地・刃・茎ともに健全なる体躯を有した優品である。
渡金腰祐乗鑢はばき、白鞘入り