H52231(S825)

太刀 銘 備州長船守久 附)茶石目地塗鞘打刀拵

古刀 南北朝時代後期 (貞治頃/1362~) 備前
刃長 73.8cm 反り 1.5cm 元幅 29.0mm 先幅 17.8mm 重ね6.9mm

保存刀剣鑑定書

附)茶石目地塗鞘打刀拵

剣形:鎬造り、低い庵棟。身幅尋常。僅かに区送り磨上げながらも元に踏張りがあり、腰反り深くついて中峰のびごころ。
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彫物:表裏腰元の鎬筋上に梵字の彫物、梵字上部には丸留・片チリの棒樋がある。
鍛肌:板目に杢交じり、総じてよく詰んで板目の太い地景がよくはいり、総体に乱れ映りがたつ。
刃文:小湾れに互の目・尖り刃交じり、匂口締まりごころに小沸つき、刃中は匂深く小足入り砂流しかかり、匂口明るく冴える。
帽子:中鋒のびごころ。焼刃は乱れ込んで先大丸に返る。
茎:一寸五分(4.5cm)程の区送り磨上げ。目釘孔二個。鑢目浅い勝手下がり、切の茎尻。茎棟側下方を僅かに卸す。茎下方鎬地には『備州長船守久』の古優な鏨を刻した太刀銘がある。

 南北両朝の対立は六十年におよんで刀剣の需要はますます増大し、鎌倉時代末期に流布した豪壮な作風はこの時代にいたって極度に昇華され、背負太刀或いは野太刀と称される三尺以上におよぶ太刀が出現した。同時代の長船鍛冶は嫡流である兼光と同派の小反り系をはじめ、新興鍛冶である長義系・元重系・大宮系などが輩出して栄えている。
 日本刀銘鑑によると守久の活躍期は貞治頃(1362~67)としている。南北朝期の特徴を具現した表題の太刀は元来、二尺六寸程の長寸であったものを一寸五分ほど僅かに区送りするも、尚寸のびて腰反り・踏張りがつき中峰がのびる勇壮な体躯をのこして姿が良い。鍛は板目肌がよくつんで地景よくはいり、平地には乱れ映りが鮮明にたち焼刃は匂深く強く冴える。
 長船守久の現存稀有な在銘の太刀で、南北朝期長船正系の伝統を明示する優品である。

附)茶石目地塗鞘打刀拵拵全体写真刀装具拡大写真
  • 縁頭:秋虫図、美濃、赤銅地、高彫色絵、無銘
  • 目貫:菊花束図、赤銅容彫、金色絵
  • 鐔:菊花透図、鉄磨地、陰透、鋤下彫、金象眼、銘 幡州明石住梅忠義勝作
  • 柄:白鮫着、金茶色常組糸撮菱巻

金着腰祐乗鑢一重はばき、白鞘付属(佐藤寒山氏鞘書・伝但馬京極家旧蔵)
参考資料:本間薫山・石井昌國『日本刀銘鑑』雄山閣 1975