N30410(S8219)

刀 無銘 越前来 附)茶梨子地塗鞘糸巻太刀拵

古刀 南北朝時代 (貞治頃/1362~) 山城・越前
刃長 72.0cm 反り 1.8cm 元幅 31.5mm 先幅 20.0mm 鎬筋 6.8mm

特別保存刀剣鑑定書

附)茶梨子地塗鞘糸巻太刀拵

特別保存刀装具鑑定書

剣形:鎬造、庵棟、大磨上無銘。反り頃合いにつき身幅広く、元先の幅差はさまに開かず中峰伸びごころ。(刀身拡大写真
鍛肌:板目鍛に杢目を交え、流れる鍛肌をみせる地鉄は微細な地沸がついて淡く地斑調の沸映りが立ち、細やかな地景入る。
刃文:冴えた匂いに小沸のついた中直刃は僅かにのたれて、小互の目・小乱れ交じる。焼刃は沸の小足が伴って刃中澄み、葉浮かび冴える。
帽子:中鋒延びごころ。小乱れ二重刃ごころに中丸、僅かに返る。
茎:大磨上げ無銘。目釘孔弐個。鑢目浅い勝手下がり、茎尻切。

 越前来と極められた、身幅広く大峰、おおらかに反った伸びやかな姿格好の太刀。越前来の始祖、来国安(貞治頃/1362-67)は京の来国俊の弟である国末の子、または孫とも伝えられ、京から越前に移住して栄えた事から『越前来』と呼称され、童名を『千代鶴』と号したという。活躍期は南北朝時代、貞治頃(1362~)とされ長寸の太刀が後代に磨上げられて無銘とされたものが多い。
 同極めのものは南北朝期の姿をして地鉄にやや黒みがかり、沸出来の中直刃に足入り、あるいは小互の目調の小乱にとなり、帽子も二重刃・掃きかけごころとなるなどの特徴が看取されるものが多い。
 この太刀は磨上げながらも弐尺参寸七分半と長寸に、重ねしっかりと厚く、身幅広く、踏ん張りがある強固な造り込みをしており、南北朝盛期の姿を明示している。来派の伝統を受け継いだ古雅な太刀姿をして高位の品格を有し、板目主調に杢目を交えた地鉄には地斑調の沸映りがたつ。刃文は小沸出来の直刃僅かに湾れて沸の小足が頻りに入るなど古雅で地刃に豊かな働きを魅せて出来が良い。茎錆には古色があり、磨上げの時期は安土桃山期ごろとおもわれる。

附)茶梨子地塗鞘糸巻太刀拵特別保存刀装具)/(太刀拵全体写真刀装具拡大写真

  • 揃金具:赤銅地、変浮線綾唐花紋散図、無銘
  • 目貫:赤銅地、変浮線綾唐花紋三双図
  • 鐔:葵形、赤銅魚子地、高彫、変浮線綾唐花紋散図大切羽二枚、四方猪目透、無銘
  • 柄:白鮫着、黒革諸撮巻

金着太刀はばき・金着腰祐乗はばき、白鞘付属