I174125(S8894)

刀 無銘 古宇多

古刀 南北朝時代(貞治頃/1362~) 越中
刃長 73.2cm 反り 1.6cm 元幅 31.4mm 先幅 23.5mm 元重 6.5mm 鎬高 7.4mm

特別保存刀剣鑑定書

剣形:鎬造り、庵棟。磨上げながらも長寸に、身幅広く、鎬筋高く棟に向かい肉を削いだ強靭な造り込み。やや浅めの腰反りがつき元先の幅差さまで開かずに物打ち付近の身幅は尚広く中峰延びる。表裏には樋先下がった片チリの棒樋を掻き通す。(刀身拡大写真
地鉄:板目肌烈しくながれ、処々に杢が顕れて強く錬れて地沸厚くつき、鍛肌に沿った太い地景で肌目が鮮明に立ち顕れる。
刃文:沸厚く積もった焼刃は浅く湾れて刃縁に湯走りかかり互の目を交えて表裏揃いごころ。処々ほつれ・二重、三重の湯走り状となる。大板目の地景は地刃を跨いで縦横にかかり、刃中の金線・激しい砂流しとなる。多彩な変化を魅せて明るく冴える。
帽子:横手下で互の目を焼いて乱れ込み強く掃きかけ二重刃・跳び焼きとなり大丸。
茎:大磨上げ無銘。茎尻は切(半月状の第二目釘孔跡がある)。浅い勝手下がりの鑢目がある。目釘孔壱個。
 宇多派は鎌倉時代後期、文保頃(1317~)に大和国宇多郡を出自とする国光が越中国に移住した一門を指す。南北朝時代に国房・国宗・国次等の刀工が活躍し、同銘相継いで室町末期に亘って栄えている。鎌倉末期から南北朝期の作品を『古宇多』と総称している。
 同派は大和国宇陀郡の出身であるころから大和気質の強いものが多く見られるものの、国房をはじめ同派の刀工は則重に相州伝を学び、同門の真景や為継に倣ったと思われる相州伝法特質を強く窺わせる作品もある。
 この刀は、板目鍛えに地沸よくつき、太い地景入り、刃文は浅い湾れに互の目を交えて跳び焼き・湯走り状となり、刃縁沸厚く積もりよくつき、刃中匂い深く、ここに二重刃やほつれる刃、金線・砂流し頻りにかかるなど刃中豊かな働きと変化に富んだ作品で地刃に大和色を処々伺わせかつ相州伝法の特質を色濃く伺わせている。
 身幅広く中峰延びごころ、おおらかに穿かれた第二目釘孔跡は長寸の太刀が磨上げられた南北朝時代の名残であろう。磨上げながらも異風堂々たるた太刀の原姿を髣髴させ、手持ちに重量感を感じさせるなど保存状態が優れ、相州本伝絶頂期の特徴を有する典型の出来口を明示している。昨今の審査で特別保存刀剣に指定された優品である。
古研ぎのため処々に僅かな轢け跡・はばきずれ跡が見受けられます。
銀はばき、白鞘入