S29485(T8635)

短刀 銘 赤間入道直信 附)黒漆合口短刀拵

新々刀 江戸時代末期 (安政頃/1854~) 出羽
刃長 21.6cm 反りなし 元幅 26.4mm 重ね 8.0mm

保存刀剣鑑定書

附)黒漆合口短刀拵

剣形:身幅尋常、無反りの鵜の首造り短刀。鎬筋高く平肉ついて切先部分の棟を残し、鎬地の肉を棟に向かって削ぎ落とした堅強な体躯。(刀身拡大写真
地鉄:小板目よく詰んで地沸つき湯走りかかる。
刃文:湾れに互の目を交え、鎬地には棟焼きがあり皆焼ごころ。刃中は葉が浮かび、太い沸足入り、刃縁には粗沸がつき二重刃、食違い刃を交えて金筋・砂流しかかる。
帽子:互の目乱れ込んで二重刃ごころに一枚風、返り深く棟焼きにつながる。
茎:生ぶ。先栗尻、鑢目勝手下がり、棟肉平でここにも勝手下がりの鑢目がある。目釘孔壱個。茎表の鎬筋上の銘文は草書で闊達な鏨運びで『赤間入道直信』と長銘がある。
 江戸時代後期の出羽国には新々刀の先駆者である出羽山形城下の名匠、水心子正秀による古刀復興論の文芸気運が高揚した。同郷の高弟、大慶直胤による古刀復興の実践でさらなる活況を呈するようになった。
 水心子門下には米沢藩、上杉家の抱工の加藤綱英・綱俊兄弟がおり、同門からは奧州白河の固山宗次・泰龍齋宗寛・赤間綱信らの高弟を輩出している。
 表題の『赤間直信』は名を赤間翁吉という。赤間綱信(赤間喜三郎)の実子。父の工房で加藤一門の備前伝・濤瀾刃の鍛刀焼入を修業したのちに摂津に駐槌して月山貞吉に古伝を学び、備前伝のみならず古作各伝の再現にも長じた。安政年間から明治初頭までの年紀作があり、後年の銘文は草書体で闊達に運んでいる。一門での長年にわたる勤務のためか生涯にわたって任官せず、自身銘の作刀が稀有である。
 大和伝古作に範を採ったこの短刀は重代にわたり家族の安泰を祈念する『お守り短刀』として制作され黒漆塗合口拵におさめられ温存されてきた。
銀着せはばき(白鞘は附帯しません)