M16996(W8579)

脇指 銘 美濃守寿格 寛政九年丁巳二月日

新々刀 江戸時代後期(寛政九年/1797) 因幡
刃長 37.2cm 反り 0.7cm 元幅 31.6mm 先幅 22.4mm 元重 6.5mm

保存刀剣鑑定書・特別貴重刀剣認定書

 

濱部寿格は延享三年(1746)、鳥取生まれ。濱部権左衛門、のち九郎左衛門に改める。はじめ日置兼先に学び、天明・寛政年間(1781~1800)には二度にわたり江戸に出て、刀工・刀剣鑑識家の松村昌直や刀剣研究家の鎌田魚妙に教えをうけ、さらには備前長船の地で祐定から備前伝を学ぶなど精力的に所伝を実践研究した。
 初銘『兼賀』(かねよし)、『頴悳』(としのり)。天明五年(1785)、四十一歳、美濃守を受領し寿格と改め鳥取藩工となる。刀剣界に顕然たる名声と勢力を張る優工で水心子正秀と双璧をなす指導者でもある。多くの名工を輩出しており、門下の眠龍子寿隆は信州上田藩工となり、さらには山浦真雄・源清麿を養成した名門である。河内守国助(中河内)風の拳形丁子や自らが創始した菊花形丁子乱を焼いて一世を風靡した。
 浜部美濃守藤原寿格、美濃守藤原朝臣寿格などと銘を切る。文化七年六月二十四日(1810)歿、享年六十六。

 寛政九年紀が刻された本作(刀身拡大写真)は、濱部寿格五十歳の円熟期の脇指。身幅広く、重ね厚く中峰のびた勇壮な造り込み。生ぶのままの茎は化粧鑢が入念に施され、自然な錆色を保ち鏨枕が凛としてたち力強い。杢目を交えた板目鍛えの精美な地鉄は地沸つき地景を秘め躍動感のある地鉄。直ぐに焼きだして富士の裾野ごとくゆったりと湾れて朝日を想わせる跳び焼きがある。乱れの詰まった大房丁子・拳子形丁子・菊花丁子は高低があり、変幻豊かな丁子足は刃先に煙込んで長く放射している。刃縁には明るく粒の揃った沸が積もり、刃中は匂が深々と充満して煙込む。帽子は焼きが高く湾れて飛び焼き状の島を焼いて絵画的である。
時代二重はばき(下貝赤銅・上貝金着)、白鞘入り