成木一成氏は、昭和6年(1931)、岐阜県中津川市に生まれた。同35年(1960)頃、鐔の研究・試作をはじめ高橋介州氏に師事。同氏は長年にわたり、尾張・赤坂・金山鐔などの鉄鐔の復元を試み、自ら材料の砂鉄を全国各地から集め、自家製たたら製鉄によってその古雅な地鉄の再現に努めた。鉄地の表面処理の焼手腐らかし技法の復活にも挑戦し独自の鉄鐔の世界を展開している。胞山県立自然公園近くに居住し、号を胞山という。
昭和56年(1831)、中津川市の無形文化財保持者に認定、同61年(1986)に黄綬褒章を受章。平成21年(2009)、公益財団法人日本美術刀剣保存協会より無鑑査に認定された鐔の名工である。
本作は信家の巴紋透鐔(東京国立博物館蔵)に範を取ったもの、昭和57年(1982)、同氏51歳の作。鉄色は紫がかり、古優な地鉄を見事に再現しており、『以古鉄鍛』の切り付け銘と箱書にある『焼手仕立』と首肯することができる同氏円熟の佳品である。