T201641(W5023)

脇指 銘 菊紋一 山城守藤原国清

新刀 江戸時代前期 (寛文頃/約350年前)越前
刃長44.8cm 反り0.9cm 重ね7.1mm 元幅33.0mm 先幅23.4mm

特別保存刀剣

 

剣形:鎬造り、庵棟。身幅広く、重ね厚くかつ平肉豊かに、物打上部も身幅の差があまり付かず、反りが適度に付いて中切先の伸びた重厚たる姿。
鍛肌:小板目肌がよく詰んで、地沸付き、地景が沸出す。
刃紋:直刃、喰違い、解れ交じり、上半は小沸が帯状に厚く付いて、太い金線入り、僅かに砂流しはいる。
中心:茎生ぶ、茎尻は刃上がり栗尻形。目釘孔壱個、鑢目は大筋違。掃裏に十六葉の菊紋に一、山城守藤原国清の銘がある。
帽子:表は直調に二重刃ごころ、裏は直刃となり、中丸に返る。
初代の国清は駿河の島田彦八郎助宗の長男として、慶長初年に信州松本に生まれ、初銘を助宗と切り、上京して堀川国広の門人となった。この際に国清と改銘したと伝えられている。国広の没後は生国信州松本に帰郷したのち藩主、松平昌候の転封に従い、越後から越前に移住した。初代国清の実子は短命で、孫である吉左衛門が二代を継いだが病弱で短期間のみ作刀し隠居、現存する作刀は希有と云われる。本作は、初代について鍛刀を学び、巧手であった島田新兵衛(初代の妹の子)の作で、自身銘を「国宗」、二代を助け代作を行い、寛文十一年に山城守を受領して、延宝初年に三代目国清を襲名、元禄十三年七月没。本作は垢抜けした勇壮たる姿に、良質の鋼を用い、小板目が密に詰んだ精良な鍛えに、家伝である山城伝の小沸本位の直刃を焼いた典型作であり、肥前国忠吉一門と双璧の冴えを見せている。また同国では同じく越前松平候に抱えられた康継一門が将軍家から葵紋を拝領したことに対峙して朝廷から菊紋を下賜されたことも興味深い。
金着せ祐乗鑢はばき。白鞘入。