脇指 銘 兼門 附)黒石目地塗鞘肥後小さ刀拵
古刀 室町時代後期(天文頃/約480年前)美濃
刃長35.6cm 反り0.5cm 元幅30.3mm 重ね6.0mm
保存刀剣鑑定書
剣形:平造り、庵棟。身幅広く寸延びてやや先反りついた雄壮かつ強固な造り込みで、ふくらが豊かに付いた健躯を保つ。
地鉄:大杢目肌に小杢目を交えよく練れて地鉄に柔らかみがあり肌目が潤う。地には淡く映りが発ち、棟側は柾目肌が顕れる。刃中は密に鍛えられ強く冴える。
刃紋:尖り互の目高低があり、一部に複式の互の目や蛙子丁字を交え、さらには箱刃など交え刃縁は小沸が付き、僅かに砂流しがかかり、柔らかな匂いに包まれ、乱れの谷より太い足が煙る。
帽子:乱れ込んで地蔵風となり小丸に突き上げて返りが深く棟を焼き下げる。
茎:生ぶ。鑢目は檜垣。茎尻は刃上がりの栗尻形。目釘孔二個。大振りの二字銘「兼門」ある。
兼門は関の住。美濃善定派に属し、始祖の兼吉→兼仲→兼門(兼仲の次男と伝えられる)。俗名を三井文右衛門といい、「甲州住兼門作」の銘のあるものがあり、甲斐逸見谷戸村にての作刀が。天文廿一年や永禄六年紀の作刀が確認されており、室町時代後期の美濃守護大名である斉藤氏や甲斐の戦国大名武田氏に仕えたと考えられる。なるほど、中世末期戦国時代の打刀の添え指しとして身幅廣く、重ねも厚くかつ寸も延びた強固な平造りの脇指は雄壮な姿をしており時代の求めを反映している。附帯の肥後小さ刀拵は鞘を石目地にて漆塗。柄は白鮫着せ、納戸摘糸巻、朧銀地の縁は蜂の巣を肉彫りと金色絵で、頭は同じく朧銀地に七々子を打、竪杵(山銅色絵)と臼、二疋兎を毛彫りで表し、山径を肉彫りで彫り込んで金色絵を充てる。目貫は赤銅容彫で菊花と葉を金色絵。鍔は朧銀の竪丸で浪龍を高彫り、毛彫りで彫刻し、金色絵と玉象嵌で耳まで回り込ませた優品。小柄は赤銅地を高彫り、毛彫りの馬に古梅樹花図を金銀色絵で華やかにかつ躍動的に表出している。研磨が施され、白鞘とつな木および保存刀剣の鑑定書が附された。内外ともに優れた出来を示し、最良の状態に仕上げられた逸品。
時代尾張はばき(下貝:赤銅磨き地、上貝:金着横鑢)、白鞘付属