刀 銘 濃州関住兼付作 永正七年八月日 附)棕櫚青貝微塵散漆塗鞘半太刀拵
古刀 室町時代後期(永正七年/1510年) 美濃
刃長67.8cm 反り2.3cm 元幅28.2mm 元厚6.8mm 先幅17.0mm
特別保存刀剣
附)棕櫚青貝微塵散漆塗鞘半太刀拵
剣形:鎬造り、庵棟、反り深く先反り付き、やや小ぶりの切先に結ぶ優美な太刀姿。
鍛肌:板目肌やや肌立ち、地沸つき、鎬地は柾目となる。
刃紋:総体小沸出来で、元は広直刃調小乱れの焼きだしがあり頭の丸い互の目を焼き、丁字刃、尖り刃を交え、足入り、乱れの谷に砂流しかかる。
帽子:表は互の目乱れ込んで先掃きかけて火炎風に尖り、返り深く棟焼きに繋がる。掃裏は同じく乱れ込んで先小丸となり、返り深く棟焼きとなる。
中心:生ぶ、目釘孔二個(一個埋め)、鑢目は鷹の羽。茎尻は刃上がりの栗尻型。佩裏鎬地よりやや上方に長銘「濃州関住兼付作」裏には一字下がって「永正七年八月日」の年紀がある
兼□と名乗る刀鍛冶があまたいる美濃の国で「兼付」の名はあまり慧眼しない。銘鑑では時代永正頃から始まり安土桃山時代にかけて数代おり代々関の地に住したと思われる。「かねとも」もしくは「かねます」か、いずれかの読みが正しいかは定かではないし、検証ができないのが事実である。さて何れにしても兼付の打刀は希有であるだけでなく、「濃州関住」と住地を長銘で運び、更には掃裏に年紀のあるのはまことに珍であり資料的価値も高い。姿が美しい太刀姿を幸いして代々温存されたためか、五百年の時代を運びながらほぼ原姿を残していることも賞賛である。江戸時代の作である棕櫚青貝微塵散漆塗鞘半太刀拵は総金物(縁頭・鯉口・栗形・柏葉・小尻)を波千鳥図、赤銅波文地、高彫、金銅色絵、金点象嵌。目貫は桐図、銀地容彫、鍔を鉄磨地、耳を打返し、赤銅、素銅色絵で千鳥を表出して両櫃孔の小縁を銀色絵。内外ともに完存の優品でよい一振りである。
金着せはばき、白鞘入り。